サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします
ホテルに到着すると、時刻は11時半だった。バスから降り立ったところで、ホテルの担当者から説明を受ける。ルームカードキーはチェックインの際に渡されるというので、僕は、ホテルの正面を横断するカラカウア通り沿いを物珍しげに眺めながらボーっと歩いた。
ABCストアを発見し、入店する。これはグアムにもあったので海外旅行経験の乏しい僕にもなじみがある。アメリカのコンビニだ。気兼ねなく出入りや物色ができるので安心してあれこれ見回った。
そういえばけっきょく日焼け止めを買ってこなかったのでここで買おうかと思ったところ、SPF100などという強烈な品が並んでいることに気づいて驚いた。日本ではせいぜいSPF50までだ。ハワイはいったいどれだけ紫外線が強いんだ? だけどここまで強いものを塗ってしまうと肌の弱い僕はすごくかぶれてしまうんじゃないかと思い、けっきょく買うのはやめにした。
要はただのコンビニであるABC。何を買うでもなく、店の外へ出てきた。次にすぐ近くのDFSに立ち寄る。少し奥に、今回の旅でお土産に買うことに決めていたホノルルクッキーのコーナーがあることに気づいたので、ブランド品に興味がない僕はそのコーナーへと向かった。
なんだ、アラモアナまで行かなくても買えるものなんじゃないか。……ああ、でもアラモアナショッピングセンターも一度くらいは見ておきたいし、やっぱり行かなきゃな。そんなことを思いながら僕は踵を返し、通りへと出た。
改めてハワイを感じることにする。いま僕をとりまくのは、何がなんだかわからないたくさんの大きな建物、紺碧の空、強い日射し、そして行き交う大勢の人々。ハワイアン、白人、アジア人──。
いやいやいや、疲れでちょっと呆けてるんじゃないのか? いま僕はハワイにいるんだ。ハワイに来たんだぞ!?
そうハッキリと自覚した瞬間、テンションを取り戻した僕は思わずほくそ笑んだ。そうだ、何をしにここまで来たんだ。僕は意気揚揚とカラカウア通りへと戻ると、道端に佇んでいる中年男性に片言で声をかけた。
「Excuse me. I’d like to go to the Ala Moana. Where is The bus stop?」
発着場であるロイアルハワイアンセンターを既に出発して右折待ちしていたトロリーに駆け寄り、トロリーチケットを振りかざすと運転手がドアを開けてくれた。よかった間に合った。
このバスは~~へ行きますか? の英文もしたためていたけどそんなやりとりをする猶予はないので、「Ala Moana?」とだけ訊ね、運転手が頷いたのを確認して飛び乗った。景色を楽しむために窓の方を向いて並べられた長椅子に座り、ほっと息をつく。
ここからアラモアナセンターまでどれくらいかかるんだろう。アラモアナセンターはとても大きなショッピングモールらしいけど、買い物に興味はない。向こうへ行ったら、お土産を買うための目当ての店をとっとと探して済ませようと考えた。
でもせっかくだから昼食は向こうでとろうか? いやでも帰りに要する時間が読めない以上、やっぱりワイキキに戻──
「──うわ」
これまでの人生で、そんなことは初めてだった。感情よりも前に、目に映ったものを認識した瞬間に涙がこみ上げた。豪奢なリゾートホテルが林立するなか突然パっと視界が開け、思いも寄らず僕の目に飛び込んできたのは、この三ヶ月間ずっと想いを馳せてきた、ワイキキビーチだった。
幼い子供が絵の具でベタっと塗り分けたような、白々しいまでの青のグラデーション。突き抜けるように高いスカイブルー、遥か奥の水平線はダークブルーで、手前にはセルリアンブルーの海が煌いている。
トロリーが、サーフィンの神様、デューク・カハナモクの銅像前を通り過ぎる。日射しをたっぷりと浴びてチョコレート色に輝くデューク像の顔は陰影を帯びていて、そのせいで片方の口角を上げて笑っているように見えた。
海のアウトサイドで、チロチロと白い泡を立てるリップから、波が左右へとブレイクしていき、幾人ものサーファーが滑り降りていくのが見えた。
……わかる。事前に何度も見て調べてきた、あれはカヌーズだ。少し距離を置いた左手のブレイクポイントはローカルオンリーのクイーンズ。そして逆の右側、遥か沖で粒のように見えるサーファーが乗っているポイントは……。もう、思わず口の中で呟いていた。
「──ポップス」
美しいビーチをただ眺めにきたというのなら、こんなにも心を揺さぶられることはなかっただろう。この角を曲がれば。この路を抜ければ。この坂を越えれば。そんな風に、この先を行けば目指すものがあるとわかったうえで、期待するものを予定通りに目の当たりにしたときに得られる感動というのは、音楽でいうとAメロ、Bメロを経てサビにいきついて気持ちよくなるのとどこか似ていて、きっと今後の人生においていくらでも味わうであろう種類の感動だと思う。
だけど今回の旅はそうじゃない。ワイキキビーチという景色を見る瞬間がゴールなんじゃない。僕はこの美しいワイキキビーチ、その中で、サーフィンをするためにやってきたんだ。この日のことを夢見て、そのために何ヶ月間も頑張ってトレーニングしてきたんだ。僕にとっての勝負のステージ。その海へ、ああ来たんだという実感、そしてそのステージの想像以上の美しさ。それが僕の心の琴線に触れた。
トロリーが角を曲がり、海が姿を消す。あの一人でいる日本人、泣いてない? なんて言われてはたまらない。涙を拭う。それでも震えの止まらない唇、僕はそれをギュッと噛みしめた。
トロリーはさすが観光バスだけあって、そこかしこに日本語表記がなされていた。天井近くに貼られたルート表示と運転手のアナウンスを鑑みると、次がアラモアナホテルだということがわかった。ルートによると、アラモアナセンターはさらに三つ先の停留所のようで、ホテルからセンターまでの所要時間は15分となっている。
外の景色を見やると、あれがアラモアナセンターなんじゃないか? と思える建物が近くに見えていた。そしておそらくその隣にある高い建物がアラモアナホテルなんだろう。要は観光バスだ。少し遠回りをしてでも主要なポイントを回って、それからセンターに戻ってくるルートなのに違いない。
その15分を無駄だと判断した僕は、終着のアラモアナセンターではなくアラモアナホテルで降車することにした。結果この判断は正しく、ホテルから少し歩けばアラモアナセンターにすぐ着くことができた。
今回の旅では日本人とは話すまいと決めていたものの、インフォメーションにいって「Excuse me」と話しかけると「日本語大丈夫ですよ」と応じてきたため、それならばせっかくだと日本語で会話した。お土産を買うためディズニーストアに行きたかったのだ。家族曰く、日本のストアとは扱っているラインナップが違うのだという。
インフォメーションスタッフに案内された道を行くと、ディズニーストアをすぐに見つけることができた。店内はとても賑わっていて、押し合いへしあいしながら品定めをした。
一点、プリンセスの絵をあしらった、三辺をファスナーで閉めるビニール製のバッグのようなもので、中を開くと色鉛筆やメモや筆記用具などが盛り込まれている品を見つけた。これはお絵描きの好きなちびっ子ならきっと喜ぶだろう。とてもかわいかったのでこれを買おうと決めたものの、複数欲しいのに一つしか見当たらない。
店員を呼んで、これもっとないの? と訊ねようとしたところで、言葉に詰まった。バカなので商品という英単語が出てこない。それになんと表現していいかわからない品だけに、固有名詞も浮かばない。なので適当に単語を並べ立てた。
「This,Item, …more! more!」
すると女性店員は意図を汲んでくれたのか、即座に応じてくれた。残念そうに泣き笑いの表情を浮かべて首を振りながら、
「Last one(最後のひとつよ)」
僕はがっくりと肩を落とす仕草を見せると、サンキューと応えて諦めた。けっきょく他にこまごましたものを見つけることができた僕は、満足してキャッシャーへ向かい、お土産を買い終えた。
さてこれからどうするか。本当はここアラモアナセンターで昼食をとりたかったけれど、トロリーがいつ来るのか、またどれくらいの時間でワイキキへ戻れるのかが定かじゃない以上、冒険はできない。僕はホノルルクッキーで必要な分のお土産を買った後、おとなしくワイキキに戻ることにした。
トロリーがワイキキのロイアルハワイアンセンターに到着する。時刻は14時前だった。おなかがすいたのでそこら辺でお昼にすることにした。カラカウア通りを折れてロイアルハワイアン通りへ。
一本目の横道へ入るところで、トーテムポールのようなオブフェが立つ、木々で覆われた飲食店らしき空間を見つけたので立ち寄った。間違いない、表にメニューがある。見た感じちょっとした軽食が食べられそうだった。旅の一発目から変化球はいらないので、クラシックバーガーというのを食べてみることにした。
店は、日よけ雨よけのためのタープを張っているものの、建物のない開放された空間で、アジアンリゾートのような趣があった。団体客が一組の他、二人連れが一組。空席が充分にあったので、その中の一つに座った。
すぐそばに屋台のようなカウンターバーがあり、店員がカクテルを作っていた。浅黒い肌に彫りの深い顔立ち。おそらくポリネシアンなのだろう若い女性店員がなかなか注文をとりにくる素振りを見せないので、僕の方からカウンターに行ってみることにした。会計をお願いしますはチェックプリーズだけど、注文をお願いしますを調べてきていないことに気づいた僕は、ええいままよ、と話しかけた。
「Order, please」
OKと反応した店員は僕を席につくように促すと、テーブルまで来てくれた。メニューを差し出してきたけど既に店先で決めていた僕は、クラシックバーガーとラズベリージュースをその場で注文した。
時刻は14時15分。ここからホテルまで3分。15時にチェックインだから、早く食べきらなきゃ。そう思うも、なかなか注文の品が出てこない。後ろを振り返ると、よく見ると団体客も僕より少し早く来たばかりだったようで、テーブルの上がスカスカだ。
失敗した。やつらが注文したであろう大量の調理が先なんだ。これでは僕のが届くのはいつになることやら。先に出されたラズベリージュースをちびちび飲みながら待つものの、待てど暮らせど団体客の注文の品ばかりやってきて、僕のものが出てこない。
けっきょく14時45分になったところでようやく、籠でできた皿に乗せられた、大きなハンバーガーと予想外の添えものの大量のポテトが届けられた。これをあと10分で食えってのか? 急いで一口目にかぶりつくと、この状況下で残念なことにこれがまた旨い。分厚くジューシーな肉はクアアイナなどでお馴染みの本場のそれだ。何口か愉しんだものの時間がないので、大きな一口をほおばるごとに、ジュースで流し込むようにして食べた。
それでもけっきょく時間切れ。14時55分時点でクラシックバーガーは食べきったものの、ポテトは完食できなかった。僕は「Check please」と告げた。
日本と同じような会計方法で、カウンターバーのそばのキャッシャーで金を払った。様子から察するに、この場でチップを渡すような店ではなさそうだった。店員が僕のテーブルの上に大量に残されたポテトを見た気がしたので申し訳ない気持ちになり、とても美味しかったけれど時間がないんだ、と説明しようとした。
「I’m sorry. Very delicious. but time up!」
腕時計をトントンと叩いてみせ、オーマイガッと言わんばかりに両腕を広げてみせると、店員は「sorry」と返してきた。加えて何やらごにょごにょ言っていたけどよくわからなかった。表情から察するに、こちらが出すのが遅かったからですね、といったところだと思う。
本当申し訳ない。とてもおいしかったよ。
(つづく)
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