go for it !

運動音痴の40代オヤジ、サーフィンに夢中

【紀行】初級者サーファーのハワイ一人旅(3)

f:id:fuyu-hana:20190420210616j:plain

サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします


 

 15時ちょうどにホテルに着くとすぐさまチェックインを済ませ、フロントからルームカードキーを受け取り、エレベーターで十六階へ向かった。エレベーターが到着する。ルームナンバーは1616。人生いろいろ、だ。
 部屋に入ってみての感想。それは、簡素、清潔。つまり充分ということだ。ひとり旅と考えると、ホテルのグレードやアメニティがどうのこうのという問題はどうでもいいことだ。まっすぐベランダへ向かい、重々しい扉を開けると、リゾートホテルのベランダ特有、バタバタバタという音とともに生暖かい風が頬をなでた。
 残念ながらオーシャンビューと呼べる位置関係ではなかったけど、カラカウア通りの向こうに位置するシェラトンホテル越しに、少しだけ海を望むことができた。白波が割れているのも何とか見て取ることができる。
 1、2分して満足して室内に戻るとどっと旅疲れが押し寄せてきたけど、ここで休むわけにはいかなかった。それではあまりにもったいない。僕は一睡もしていない身体に鞭打って、サーフィンに行く準備をした。僕がずっと15時のチェックインにこだわっていたのはそのためだ。
 ホテルのwi-fiに接続してサーフショップの住所を調べると、ここからすぐ裏手のクヒオ通り沿いに店を構えていることがわかった。僕は急いで部屋を飛び出した。
 店までの道中ずっと考えていたのは、どういう板を借りるか、ということだ。サーフボードにはざっと分けて、ショートボード、ロングボード、その中間のファンボードというのがある。
 サーフボードの長さはフィート、インチで表記し、ロングボードは9フィート以上のものをいう。1フィート=約30センチだから、2、7メートル以上のものを指すわけだ。
 サーフィンを始めて足かけ七年。さすがにテイクオフはできるようになったものの、自身の体調不良、小説執筆などに時間を割いたりで、直近五年ほどは年間通して指折り数えるくらいしか海に行っていない。そんな経緯からとてもサーフィンが下手くそな僕は、サーファーだと胸を張って名乗れるレベルにないのが実状だ。僕はアクションが何一つできない。
 ゆったりメローなロングボード向きの波だと言われているワイキキ。しかもワイキキはブレイクポイント(波が割れている箇所)までがすごく遠いらしいので、推進力があるに越したことはない。ここまで考えれば答えは自ずと出ているようなもの。だったらロングに乗ればいいじゃないか。いったい何を悩む必要がある?
 だがしかし、だ。ロングというのはテイクオフまでは簡単だけど、立った後のコントロールがショートよりも難しいということを最近勉強して知った。要するに大きくて重い分、操作性が悪いのだ。ショートならば下手くそでも、行きたい方向を見れば、自然と身体を捻る格好になり、ある程度は進行方向を変えていくことができる。だけどロングは重くて大きい分、その程度の偶発的で微細な動きでは反応しないらしいのだ。
 重く大きく、そしてスピードに乗るロングボード。そんな海上の凶器を僕のようなロング初心者が、混み合うポイントで使用するのはリスクが高すぎやしないか。もちろん保険には入ってきたけど、そういう問題じゃない。そもそも怪我なんてしたくないし、させたくないし、物を壊したりもしたくない。当り前の話だ。
 ゆっくり悩む間もなく、ホテルからあまりにも近いサーフショップが目と鼻の先に近づいてきていた。そこで僕は決めた。初心者らしくファンボードで挑もう。

 

 


 15時半。タカサーフ・ハワイに到着した。今回の旅で世話になるつもりのサーフショップは二軒あった。一軒目はまずここタカサーフ・ハワイ。ネットで調べてサーフツアーの予約をした店だ。明後日の夕方に、ガイドさんに車でサーフポイントへ連れて行ってもらい、サーフィンをする予定だ。
 もう一軒は、モクサーフというショップ。ここは開店時間が6時半からと早く、また、海までとても近いらしい。この旅では一日をたっぷりと有意義に使いたいので、その店の方が重宝しそうだった。だけどそちらはあくまでボードレンタルをするだけで、それ以上の接点はない予定だ。一方こちらタカサーフさんは、サーフツアーをお願いしている間柄だ。
 そう考えるとまず初回は挨拶をかね、タカサーフでボードをレンタルすることにした。
 日本でお馴染み丸亀製麺の裏手に構えられたショップに入ると、店長のタカさんではなく、若い日本人男性スタッフが一人でいた。店の内装はとてもシンプルで、半分のスペースをレンタルボードが埋め尽くしていて、もう半分を、タカサーフオリジナルアパレルの販売スペースとしていた。

「こんにちは。明後日の夕方にサーフツアーをお願いしている者ですが、今日こちらハワイへ来たので、ご挨拶がてらにボードレンタルしにきました」

 僕はサイズ7(フィート)のファンボードをレンタルした。本当はパスポート、それがなければパスポートのコピーならびにクレジットカードが必要らしいのだけど、海にいくのに貴重品は、と思っていた僕は、最低限の現金以外をホテルに置いてきてしまっていた。

──ダメですか?」

 本当はダメなのだろうけど、明後日のサーフツアーを予約して素性が知れている関係だからだろう、スタッフは少し思案して、「いいですよ」と答えてくれた。助かった。
 好きなのをどうぞ、というので、7ならどんなのでも、と応じ、適当な板を出してもらった。店内の更衣室で水着に着替える。一応ラッシュガードを持ってきていたけど、開放的な気持ちがとても強く、また、カラカウアの行き交う人波に裸のサーファーを幾人も見かけたこともあり、海パンひとつで行くことにした。
 海まで道をまっすぐですよ、と言われ、納得顔で店を出てきたものの、クヒオ通りと、対して縦にもう一本の大通りがあった。僕は方向音痴である。間違いなく海まで近いということはわかっているものの、どう行けばいいのかてんでわからない。
 このショップとホテルの位置関係は何となくわかる(本当は目と鼻の先に見えているのだけど、この時点ではホテルの外観を把握できていない)。そしてホテルとトロリー乗り場でもあるロイアルハワイアンセンターの位置関係も何となーくわかる。そのトロリーに乗ってさっきワイキキビーチを見かけたわけだから、海がそんなに遠くないのは確かだけど、トロリーの走った道をきちんと記憶していない。
 クヒオ通りの交差点の信号で、海パン一丁でサーフボードを抱えて佇む僕に、ティッシュ配りの白人のお姉さんが声をかけてきた。ちょうどいいと僕は相手の話を遮り、逆に道を訊ねた。

「I’d like to go to the Waikiki beach. Where is the Waikiki beach?」

 するとお姉さんはありえないことに「I don’t know」と答えた。
 地元の人間ではなく、本当に知らないのかもしれない。にしても、ティッシュ配りとはいえこのあたりで働いている以上、有名なワイキキビーチの場所を知らないなんてありえない。本当に知らないのか? そんなわけあるか? 疑問がもたげる。
 ふと、あ、と思った。逆だ。こんな真っ黒に日焼けしてサーフボードを抱えた人間が、海からこんなに近くにいるのに「ワイキキビーチはどこ?」と問うている。そんな質問ありえない。ワイキキビーチを知らないはずがない。そんな風にお姉さんの方が不思議に思っているに違いない。
 きっとお姉さんは深読みしてくれて、『ごらんのとおり僕はサーファーなんだけど、ワイキキビーチはワイキキビーチでも ”サーフポイントとしてのワイキキビーチ” はどこか知ってる?』と訊ねられてるのだと受け取ったのかもしれない。だから「I don’t know」なのだ。ワイキキビーチという名のサーフポイントがあるのかどうかは別としてね。
 おそらく僕の予想どおりで、お姉さんは「wait」と僕に待つように言うと、そこら辺の人に次々に声をかけ始めた。「You! Surfer?」「No」「You! Surfer?」「No」
 サーファーなら僕の質問の意図がわかると汲んだのだろう、いろんな人にあなたサーファー? と声をかけては、違うよとあしらわれている。その様子が本当にかわいくて、面白くて、だんだんかわいそうになってきて、とても申し訳なくなった僕は、お姉さんにOK、OK、サンキューと何度も言って、もういいよ、の意味で首を振って制した。
 お姉さんは力になれなくてごめんね、と言わんばかり、首をすくめて笑った。ごめんねお姉さん。でも本当ありがとう。
 それから何とかかんとか、僕は海へたどり着いた。さっきの交差点でおもいきってこっちだ! と決めた道をまっすぐ行くとそれが正解だったようで、部屋のベランダから見えたシェラトンの下まで来たらしかった。敷地内を突っ切ってビーチまで行けるのか恐る恐る進むと、木々の間から抜け出ることができた。

「うおー」

 旅疲れが吹っ飛び、笑顔になる。青い空と海。白い雲と砂浜。そして外人のお姉さんの水着からこぼれる乳、尻、乳、尻。
 極めつけ、はるか向こうに見えるあれ──ダイヤモンドヘッドは、ここからの距離感と、暖かさからくる靄のようなもののせいで、淡い幻想的なコンピュータグラフィックのように見えた。ほんのりと湾のようになっているビーチの形状のせいもあり、そこはまるで作り物の夢の世界のように感じられた。
 少し先の波打ち際に、大きな黄色いボディの船があった。デューク・カハナモク像の正面のサーフポイントをカヌーズという。文字通り、カヌーが行き交う場所だから、ということらしいのだけど、カヌーといってもカヤック的なアレではなく、ここのカヌーはとても大きな船なのだそうだ。という予備知識があったので、あのバカでかいのが例のカヌーなのか、と思えたし、ということはあそこがカヌーズなんだな、と判断できた。さっきトロリーから見えた景色との位置関係もぼんやり掴めてきた。
 来たんだ。はやる気持ちを抑えるように簡単にストレッチをして、リーシュコードを右足首に巻き、僕はボードを小脇に抱えて海へと向かった。

 

 (つづく)

 

f:id:fuyu-hana:20190425020106j:plain

 



関連記事

<サーフィンしませんか>

sub.fuyu-hana.net

 

<はじめから読む>

sub.fuyu-hana.net