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運動音痴の40代オヤジ、サーフィンに夢中

【紀行】初級者サーファーのハワイ一人旅(5)

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サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします


 

 部屋に戻る。汗もかいているし、そもそも海あがりで髪の毛が塩と砂でギシギシだ。シャワーを浴びようとしたら、ここで困った。シャワーの出し方がわからない。壁際の時計の針のような栓を捻ることでお湯が出るのだけど、それだけだと下方のカランからしか出てこないのだ。
 素っ裸のまま、シャワーの首のあちこちを猿のように確認してみたけど、切り替えのスイッチのようなものも何も見つからない。どこに触れても捻ってもシャワーは出てこない。下方のカランからドバドバ流れるお湯が、僕の膝から下だけを虚しく濡らし続ける。
 諦めた僕はバスを出て、改めて荷物の整理をすることにした。旅行会社からの案内で、ホテルに到着してもチェックインが15時までできないことと、スーツケースが別バスで来るのでタイムラグが生じることがわかっていたので、バックパックの中に初日のチェックインまでに必要と思うものを詰め込んできたのだけど、こうして全てが揃ったのなら、明日以降の段取りに備えて整理し直した方がいい。それにバックパックは普段使いには大きいので、小さい斜めがけのショルダーバッグをメインに使いたかったのだ。
 荷造りをし直すと、時刻は18時半だった。予約していた19時からのレストランは、このホテルのすぐ隣だ。微妙に時間を持て余した僕は、明日の朝イチで向かうつもりのサーフショップの所在地を把握しておこうと思い立ち、ホテルを出た。
 カラカウア通りを南下して、デューク像の前のアストンホテルを左折する。コア通り沿いの交差点に目当てのショップ、モクサーフはあった。もう遅い時間ではあるけれど、この時期のここハワイの日没は19時を過ぎるみたいで、まだサーファーが店の前にたむろしていた。なかにはまだこれからボードレンタルして遊びに行きそうな様子の者もいた。 
 よし、場所は押さえた。明日は朝イチでここへ来よう。僕は踵を返すと、レストランへと向かった。
 食事はまあまあ美味しかった。けれど、海老とステーキがワンプレートで運ばれてきた為あっという間に終わった感があったのが残念。酒はコロナの大瓶を二本飲んだ。三本目の機会にこれぞハワイという定番のビール、ロングボードを注文したけど、それを空けるころには疲れがどっと押し寄せてきて酔いがまわった。僕はおとなしく部屋に戻った。
 レストランで日本人からシャワーの出し方を訊ねておいた僕は、ようやくシャワーを浴びることができた。カランの蛇口に付いている謎の細い棒をクイっと引っ張り続けていると、やがてガポンという音とともに蛇口からの流れが止まり、シャワーからお湯が噴き出すという仕組みなのだった。わからねえよ、こんなの。海外特有の勢いの弱いチョロチョロシャワーだったけど、ようやく身体を洗えた僕は、さっぱりとした気分でバスを出た。
 明日に備え、体力の回復に努めなければいけない。僕は肩こり解消のため葛根湯を飲み、肩と上腕三頭筋に湿布を貼り、首こり持ちなので温熱シートを首の後ろに貼り、目の疲れとりと安眠効果を促すため「蒸気でアイマスク」を装着した。
 明日もサーフィンはする。だけど計画はそれだけじゃない。とにかく今日はもう疲れた。そして、ああ……本当に楽しかった。
 僕はいつの間にか、深い眠りに落ちていた。

 

 

  朝6時にセットしたスマホの目覚ましで起きた僕は、あまりの疲れから5分間だけ二度寝をして、6時5分に起き上がった。
 来る前は、「きっと朝起きて視界に映った天井なり壁なりを見て、あれここどこだっけ、と戸惑うんだろうな」と想像していたのだけど、いざ目を覚ますと、その瞬間から僕はハワイにいることを意識できていた。きっともうすっかりハワイモードなのだろう。うん、いいことだ。
 昨日使った水着はベランダの椅子にかけて干しておいたのでもう乾いているはずだったけど、短いスパンで何度も海に行くことを考慮してもう一枚水着を買ってきていたので今日は新しい方を履くことにした。
 6時30分、必要最低限の荷物と金だけを持ち、僕はホテルを出た。
 昨日事前下見をしたとおりの道をいく。アストンホテルを左折するところでビーチの様子を見ると、すでに幾人ものサーファーが遊んでいるのが見えた。日本も同じだから当たり前といえば当たり前なんだけど、この時間にあの人数。さっすが。
 モクサーフに入店する。昨日のタカサーフ同様、日本人のスタッフがいた。ボードレンタルしたい旨を告げ、提示された申込用紙に記入する。ここはタカサーフと違って、パスポートやクレジットカードなどの提示は求められなかった。その代わり、住所と電話番号、滞在しているホテル名とルームナンバーの記載を求められた。書いているとスタッフが訊ねてくる。

「ボードサイズは?」

 昨日、7のファンボードでうまく乗れなかったし、思ったより混雑もしてなかったので、もう少しサイズを大きくすることにした。「ロングで」

「8? 9?」

 思案する。「……8で」

「ふだんもサーフィンします?」

「ええ、一応」

「どんな板?」

「ファンからはじめて今はショートです。ロングは今日はじめてのチャレンジになりますね」

 そう答えると、スタッフは、ああまたこの手合いか、といった呆れ顔になった。

「自分こっちが地元なんですけど、こっちだとまず、ロングから始めます。小さい子供もみんなそう。まずロング」

「はあ」

「ロングの方が難しいんです。だって、まず曲がらないから。そんなロングで曲げられるようになってくると、だんだんサイズを小さくしていくわけです。ファン、ショートっていう風に」

「そんなもんなんですか」

「そうです。日本人は本当逆が多いんですよねえ。まずロングに乗って、板を曲げるということ、その基本原理をきっちり理解して、それができるようになってからショートに乗ると……」彼は肘から指先をピンと伸ばしてサーフボードに見立て、動きをジェスチャーして見せる。「ぜーんぜん、違ってくるわけです」

 申込用紙をとうに書き終えていた僕は、ボールペンを握りしめたまま黙って頷くしかなかった。
 本当は運動神経が悪いからロングではじめたかったけれど、電車通いだからやむなく短いの乗ってるんですよ……。そんな言葉が喉まで出かかったけど、やめておいた。それは彼の言い分に対し、まったくとんちんかんな返しになってしまうから。
 日本のサーフショップにも言えることだけど、サーフショップの店員というのはザ・接客業という丁寧な応対はしてくれない。客に対してちょっとフランク過ぎないかという気持ちがもたげることもあるけど、好意的にとれば、彼らは単純にサーフィンのことに一生懸命なだけなのだ。
 自分自身の向上のため、チャレンジしようとする客の向上のため、そのどちらをも踏まえたうえで、ただ一生懸命サーフィンのことを考え、話をしたくなる人種なのだ。
 というわけで2時間14ドルのレンタル料金を支払ったこの店のお客様である僕は、初対面のスタッフに、ロングボードを後回しにした僕のサーフィンライフそのものについて軽く叱責された後、8(フィート)のロングボードを手渡されて店を出た。

(ちなみに前回、『ロングボードとは9フィート以上のものを指す』と定義して記述したけれど、この店にきて「ロングを」と要求すると、彼は「8、9、どっちにします?」と言ってきたわけなので、8フィートのものもロングボードと呼べるのかもしれない)

 8の板だと、何とか脇の下に抱えて運ぶことができた。これ以上大きくなってくると、アフリカ系の部族の女のように、頭の上に板を乗せて歩かなければならなくなる。
 板を持って信号待ち。横断歩道の向こうでデューク像が僕を待っている。昨日、裸で信号待ちをしているときに人目にさらされるとさすがに恥ずかしさを感じたものだけど、今日は用意してきたラッシュガードを着ているので誰に見られても平気だった。まだ早朝だからさほど日射しは強くないけど基本的に日焼けは体力を奪う。旅ははじまったばかり。疲れを残すわけにはいかない。
 デューク像の脇を抜ける際に心の中で「Good morning」と話しかけ、僕はビーチへと足を踏み入れた。軽くストレッチをして入水しようとしたところで、昨日足を攣ったことを思い出し、足を念入りにやり直してからリーシュコードを締めた。
 8の板に腹ばいになってパドル開始。ここで、そうだ、と思った。ここワイキキはブレイクポイントである沖までの距離がやたらと遠い。ちょっと距離をカウントしてみようと思った。浮力のある大きな板だし、これといって潮の流れも強くない。恐らく片腕ひとかき分で1メートルは進むと思われた。右腕ひとかき、ついで左腕ひとかき。このワンセット2メートル分で、「いーち」と数えながらゲッティングアウトした。
 結果、昨日と同じ、もっともアウトのラインナップから数十メートル後方の位置までやってくるのに「110」を数えた。てことは220メートル? ここへ来るまで沖からやってくる波を乗り越え乗り越えやってきたし、そのときに少しは押し戻されたり、なかなか進まなかったりした箇所があったことを大目に差し引いても、ゆうに150メートル以上は沖に出てきているはずだ。この距離感を湘南・鵠沼に置き換えると、と考えるとぞっとした。
 僕は泳ぎがうまくない。しかも喘息もちなので、“呼吸ができない系の辛さ”に対して必要以上に恐怖をおぼえるタチだ。そんな僕が鵠沼でサーフィンをするときは、せいぜい岸から50メートルくらいのところである。まあそれはビビっているからという理由だけでなく、いちばんアウトのラインナップですら、せいぜい岸から100メートル前後の沖合いに位置しているからでもあるのだけど。
 そんな僕が、いつもより三倍以上遠い沖合、そしていつも羨望の目で眺めている上手な人たちの二倍近く遠い沖合で、平気で波待ちをしている。いや、平気どころか、とてもリラックスした気持ちで。
 それはなぜか。もう考えるまでも言うまでもない。この海、このロケーションのおかげだ。左手に江の島、右手に富士山を望みながら波待ちする鵠沼の日常もとても恵まれたロケーションだと思うけど、やはりどうしたって慣れは生じるものだし、今の僕は日本人ビジターなわけだ。
 かのダイヤモンドヘッドを望みながら波待ちできるなんて。しかも昨日今日と二日連続で。こんな最高なことがあるだろうか?

 

(つづく)

 

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