サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします
猛烈な尿意に耐えること約二時間。僕は、え、もしかして、あ、やっぱりそうだ! という確信とともに、ハレイワの町へとやってきた。
バスの進行方向右側の二人掛け椅子に座っていた僕が車窓から見たものは、ノースの老舗サーフショップである「Surf N sea」だった。Surf N seaのロゴをあしらったワンボックスカーが青空駐車しているのを見かけ、もしかして店が近いのかなと思うが早いか、ネットで見知っていたその黄色い建物が見えてきて、バスはその前を通過していったのだった。
ここまでくるともうハレイワだ。ちなみに乗ってきたバスはアラモアナから来たバスだというのに、行き先は「ホノルル・アラモアナ」と表示されている。要はこのハレイワで折り返し、また南下していくのだ。
ハレイワタウンに到着し、静かだったバスの車内にどこか活気が湧いた感じがした。バス停を少し進むごとに、お目当ての店が近いのだろう、乗客が少しずつ降車していく。しばらく南下して、そろそろハレイワタウンも終わりだろうというところで僕は降車した。
降り立ったバス停のすぐそばはただの草むらだった。どうやらものすごく田舎まで来たようだ。日射しが強いので車内で外していたサングラスをかけ直すと、僕は大きく深呼吸してノースの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
思わず顔が綻ぶ。バスの道順でいうところのハレイワタウンの終わりが、散歩のスタート地点だ。僕は踵を返し、いまバスが通過してきたこの町を北上していった。
ふと下方、尿意の限界でもはや頭と別人格を持っている僕の下半身が、「Where is a restroom?」としきりに問うてくる。わかったわかった、いま解き放ってやるから少し待て。僕は NORTH SHORE MARKET PLACE の看板を見つけ、まずそこへ立ち寄ることにした。
用を足して、改めて出入り口付近に陣取り、仁王立ちで再確認する。大きな木のあるちょっとした中央広場を中心に、あらゆる飲食店、洋服屋さん、雑貨屋さん、サーフショップなどがコの字型に立ち並んでいる。それがここ、NORTH SHORE MARKET PLACE だった。
区画に入って、コの字の左側から回ることにする。いきなり見慣れたお店、Patagoniaを見つけた。ギシッギシッと軋む木造の階段を三段。アメリカ映画でよく見かける一軒家のような佇まいで、入口はちょっとしたウッドデッキのようなスペースになっており、親の買い物に付き合い飽きた白人の子供がベンチに座って携帯ゲームに夢中になっていた。錆びた丸いドアノブに手を伸ばして捻ってみると、ギュキュッという音とともに扉がスウーっと開く。
店内は……うん、まあ、パタゴニアだ。日本国内でパタゴニアはなかなか高い。ノースフェイスなんかもそうだけれど、なかなか手が届きにくい価格帯のブランドといえる。その感覚からすると……まあ……安いように……思える。
ただ、季節柄もあるだろうしここの土地柄も大きく関係しているのだろうけれど、冬でも使えるジャケットやシェルなんかを見てみたかったのに、さすがにそういうのは置いていなかった。せいぜい春と秋の、雨の日に役に立つかなーくらいのレインウェアくらいしか置いていない。それが130ドルほど。んー、安いような、そうでもないような。
10分ほどあれこれ眺めては考えたけれど、結局何も買わずに店を出た。
続けてコの字を一軒一軒見て回る。その中のひとつの雑貨屋で、少しお土産を買った。海外旅行イコール、ブランド品。それがありがちな発想だし、定番だ。だけど僕にそんなお金がないことは百も承知の家族は、冗談でヴィトンがどうのとか言ってたけれど、けっきょく本気で何が欲しいのかは分からずじまいだ。んー、何を買おう?
洋服も難しいものだ。サイズや好みの問題があるので、衣類のお土産というのはなかなかうまくいくもんじゃない。だから僕はハワイならでは、その土地ならでは、といった趣のものを何か買えればいいなと考えながら物色した。
けっきょくその店で買ったものは、エコバッグ、小さな間接照明、そしてスーツケースに貼るステッカー。こうして字におこすと何じゃそりゃ、といったくだらないものだけど、なかでも間接照明はとてもかわいくて、後に我が家のお気に入りになった代物だ。
雑貨屋を出ると、とても喉が渇いていることに気がついた。出すものを出したら今度は水分不足というわけだ。僕はカフェでクランベリージュースを頼むと、店内で二、三口ほど飲んだところで、やっぱり外の方が気持ちがいいやと思って店を出て、中央広場のベンチに腰掛けて続きを飲んだ。
小鳥のさえずりに耳を傾けながら、たまにそよぐ風に身を委ね、はあーっと、良い意味でのため息をつく。ワイキキも充分そうだったけど、ここは空が高い。もくもくと輪郭のはっきりとした雲が、気持ち良さそうに空に浮かんでいる。
僕は子供のようにストローでズズっという音をたててクランベリージュースを飲み干すと、紙コップを屑かごに捨て、ハレイワの町を北上することにした。
ハレイワタウンはとっても活気に満ちていた。北の観光名所なのだろう。ワイキキに負けず劣らずのさまざまな人種が、仲間とああだこうだと話し合いながら行き交っている。道沿いに点在するヤシの木が、ここがハワイであることを忘れさせないでいてくれる。
ハレイワの町には、いくつもの飲食店、水着屋さん、サーフショップ、雑貨屋さん、洋服屋さん、アートギャラリーがあり、そのどれもこれもがこの土地に、そして隣り合う店に馴染み、景観を損ねることなく軒を連ねていた。
そういえば、と朝から何も食べていなかったことを思い出した僕は、そろそろ腹ごしらえをしようと思い立った。ハレイワといえばガーリックシュリンプが美味しくて有名らしい。ちょうど通りかかった道沿い、黄色いワンボックスカーで屋台のような店をかまえているのがガーリックシュリンプの店だと気づいた僕は、そこでブランチをとることにした。
車の後部座席の窓口部分を接客カウンターにしているところから中を覗くと、黒人男性二人が汗まみれで調理にいそしんでいた。
「Order, OK?」
声をかけると、ああいいよと言わんばかり、片手を差し伸べる仕草を見せる黒人に、僕はガーリックシュリンプのプレート、それとコカコーラを一つ注文した。暑さと旅疲れのせいなのか、なぜかそんなに食欲がなかった僕は、きっとまたアメリカサイズのバカデカイのが出てきて食べきれないんだろうなと思い立ち、
「Harf Size,OK?」
と問うたところ、男はドスのきいた声で怒鳴った。
「Spicy?」
いや、ハーフサイズできる? と訊ねて何で返答が「辛いやつ?」なんだ。
たしかにこの店のガーリックシュリンプは辛いやつとそうでないやつと2種類あるみたいなのだけど、だからといってハッキリと大きな声で「Harf size?」と言ってるのに、話が噛み合わないにもほどがある。
僕がとりあえず「No, Spicy」と応えると、黒人が「○×÷※!@#%……here?」と言ったので、ここで食べてくのか? と聞かれたと解釈して「here」と頷いてみせた。
黒人は笑顔で、そこで座って待ってろ、と店先のテーブルを指差した。おい、いや、だから、ハーフサイズの件はどうなった?
少ししてすぐ出てきたガーリックシュリンプのプレートランチ。美味しかった。こんもり盛られたサイドディッシュのマカロニサラダに、アイスクリーム屋さんの半球型の器具で盛られたような体裁のライス。そして十匹以上ものシュリンプ。フォークを身に刺してナイフを殻にそっと当てると、スルっと取れる。これは食べやすい。味も良かった。ガーリックも利き過ぎず、触感もプリップリだ。
しかし、だ。どこからともなくハエの大群がやってきて、僕のまわりを取り囲んできた。うざったいことこのうえない。しかもむかつくことに食事の方にたかるのではなく、やたらと僕の膝や脛のあたりに止まってはヒャッホゥとまた飛び立っていく。ガーリックシュリンプより臭くて汚いのか僕の足は?
だんだん耐えられなくなってきたのでゆっくり味わう間もなく急いで食べきって、僕はプレートをゴミ箱に捨てた。
ちょうど、僕以外の客の分の調理もすべて終えて、一息つくためにクルマから出てきた黒人に、サンキュー、と声をかけた。黒人は笑顔を浮かべた。
そうだ、ここらで聞いておこう。さっき車窓から見たSurf N sea、あそこに行きたいのだ。「Harf size,OK?」「Spicy?」のやりとりが若干トラウマだったけど、勇気を振り絞って訊ねてみた。
「Uh…, I’d like to go to the Surf shop『Surf N sea』. Where is a Surf N sea?」
黒人はたじろいだ。もはやカタカナ英語で、「サ、サーシン……?」などと言っている。あー、通じてない。
「Surf」
「サ、サフ」
「Surf. Surfing」
サーフィン。そう言って、僕はパドリングのジェスチャーをして見せた。すると合点がいったようで、黒人は「Oh! Surfing!」と答えたけれど、続けざま「Ah…I don’t know」と残念がった。どうやらSurf N seaのことは知らないらしい。すぐ近くのはずだし、ここらじゃ老舗サーフショップとして有名らしいんだけどな。
ま、仕方がない。もう少し歩いて、自力で見つけるもよし、また違う人に訊ねるもよしだ。
僕はそう割り切り、「Very delicious」と、ガーリックシュリンプの味を褒め称えた。すると黒人は笑顔で首を振り、右手を掲げて握り拳を差し出してきた。
キター! ついに! 外人が、とくに(偏見だけど)ヒップホップ系のあいつらが好む、拳と拳をコツンと当てる、アレだ。
ついに僕もそれをやる時がきたのだ。ここでふと、アメト――クの「運動神経悪い芸人」の回で、誰かが「運動神経が悪すぎてハイタッチを空振りする」と言ってたのを思い出してイヤな気がしたけど、ここで外すわけにはいかない。いま僕は日本代表としてここにいるんだ。
そう気合いを入れて右拳に意識を集中させると、僕は黒人の拳をゴツンと殴ってみせた。
(つづく)
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