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運動音痴の40代オヤジ、サーフィンに夢中

【紀行】初級者サーファーのハワイ一人旅(9)

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サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします


 

 やっとこさ55番バスがやってきてハレイワの町を発ったとき、時刻は14時30分だった。これからラニアケア、ワイメア、パイプラインと回って、またハレイワへ戻ってきて、52番バスを待って、約2時間かけてアラモアナへ戻り、ワイキキへ帰る。んー、ちょっと厳しいな。そう思った。
 本当はパイプラインからさらに北上して、サンセットビーチで文字どおりサンセットを見たいとすら思っていたのだけど、19時過ぎの日没時までサンセットにいたのではワイキキに帰ることなどできないだろう。そう考えて取りやめにしていたんだけれど、この調子だとパイプラインにすら辿り着かないかもしれない。そう考えた僕は、ラニアケアビーチのウミガメと、ワイメアバレーをパスすることにした。
 ラニアケアビーチで見たいのはウミガメと、一応、ビーチだ。だけどここらはずっと海が続いている。さっきチラっと見えたハレイワビーチ、そしてこれから見るつもりのパイプライン、これらの間に位置するラニアケアの海の様子がさほど違うとも思えないから、ラニアケアビーチを是が非でも見たいのかと言うとそれほどでもない。ウミガメにしてもそうだ。それに僕はきっと亀に恨みを買っている。
 むかし横浜のワンルームアパートで独り暮らしをしていた僕は、小さなミドリガメ、アカミミを飼っていた。後に引っ越しをする準備中のこと、僕はふたの開いていた水槽の上に、何をやっている最中だったのか、大きな氷の塊を落としてしまったのだ。そのとき呑気に首を伸ばしていたアカミミの上に、氷がゴンと落ち、彼は死んでしまった。
 いやいやいや絶対に死んでない。とっさに引っ込めたか、あたったとしてもたかが氷、何とかなるでしょ、とは友人の弁。今でも議論は平行線のままだけど、たしかにアカミミはそれ以降、甲羅の中からもう首を出さなかったのだ。
 アカミミが死んだと判断した僕は、アパートの玄関の前にある草むらの土を掘り返し、アカミミをそこへ葬って、アパートから去ったのだった。悲しい思い出だ。
 死んだとしても、死んでなかったとしても、アカミミはきっと僕のことを恨んでいるに違いない。そう考えると、亀界のおたずね者となっている僕がここでのうのうとウミガメの前に姿を現そうものなら、ラニアケア中のカメが噛みついてくるかもしれないではないか。
 そんなこんなの言い訳を胸に、僕はラニアケアを通過することにした。
 ちなみに、ここぞラニアケアビーチ、というバス停は存在しない。早めに降りて歩くか、通り過ぎて戻るか、だ。僕は55番バスがラニアケア付近を通り過ぎるそのとき、外の様子を窺って、降りるのをやめて正解だったなと思った。もうそこらは片側が海、片側が山、のただ延々と続く道路しかなく、店も日よけも何もない。ここで数十分のバス待ちなどしようものならきっと熱中症になってしまっただろう。
 しばらくバスに揺られていると、次なるバス停の、もともと行くつもりだったワイメアバレーが近づいてきた。ここは、かの有名なサーフムービー「エンドレスサマー」で知った、冬のノースショアの風物詩とも言えるモンスターウェーブが立つサーフポイントだ。
 トリプルクラウンというノースショアのサーフィン三大大会のひとつの会場でもある。冬のノースは化け物のような波が立つが、夏のノースは湖のようにフラットであると言われているので、僕は今回ここでサーフィンをするつもりもなければビッグウェーブを期待していたわけでもなく、ただ、ああこういう環境こういうビーチで、冬にはどでかい波が立って、世界中のトッププロが凌ぎを削っているんだな、と感じてみたかっただけなので、ここもパスすることにした。
 ワイメアバレーを通過してそのまま十数分揺られ続けていると、バスのアナウンスが、ついにバンザイ・パイプラインが近いことを示した。ついに来た。今日の終点だ。
 バス停に降り立つと、ちょっとした緑があった。小さな公園、その向こうには民家らしきものがちらほら。クルマの往来の途切れることのない混雑した道路だったけど、僕が海側へ渡りたがっているのを察したドライバーが、左右どちらとも一時停止して、行きなよ、と促してくれた。みんな心にゆとりがあるんだな。そんな風に感じてうれしくなった。
 ぺこりと会釈してさっさと道路を渡ると、海の方に、木陰でシャワーを浴びている女性の姿が見えた。もう目と鼻の先でわかりきっていることだけど、水着の美女としゃべりたかった僕は例によって近寄ってみた。
「Excuse me. I’d like to go to the banzai pipeline」と言って海を指差し、「pipeline?」と問うと、水着のお姉さんは濡れた長い髪を両手でギュッと絞りながら微笑んだ。

「pipeline(そうよ)」

 ついに来ました、エフカイビーチ! 別称、バンザイ・パイプライン。ビーチに出ると、大パノラマの青と白が僕を出迎えてくれた。これはすごい、と笑顔が浮かびそうになるも、とある違和感に表情が固まってしまう。ちょっと大げさだけど、さっきからゴゴオンというジェット機のような音がしていて何なんだろうと思っていたら、よく見てみたらショアブレイク(波打ち際で波が崩れること)の音だとわかった。

 

 

「おいおいおいおい、いやいやいやいや」

 思わず苦笑した。誰だよ、夏のノースは湖みたいにフラットだなんて言ったヤツは。
 エフカイビーチはとても風が強く、浜辺に掲げられた赤い旗が飛ばされんばかりにバタバタとはためいている。旗のすぐ下の看板を見てみると、
「WARNING DANGEROUS SHORE BREAK」という文字とともに、人が波にふっとばされて逆さまに頭を打ち付けている絵の標識が掲げられていた。
 うわあ、とビビる思いに被さってくる、ドドオオンというショアブレイクの音。恐る恐る少し近づいてみると、波打ち際に寄せてくる波の高さが半端じゃない。本当にちょっとおかしい。人の背丈よりも高いのだ。
 驚いて目を丸くしているとさらに、そんな波にサーフボードを持つでもなく浮き具を持つでもなく、その身ひとつでつっこんでいく遊びに興じている若い男の子たちが何人もいることに気づき愕然とした。なんてやつらだ。
 そのありえないでかさのショアブレイクを乗り越えて数メートルほど入水するとどうやら足の届く場所に着くみたいで、そんなところにもTバックのお姉さんが一人で悠々と水に浸かっていて、信じられない気持ちになった。と同時、素晴らしいケツだったので思わずデジカメをズームアップして写真に収めた。これが日本国内で日本人を撮っているのなら盗撮で捕まってしまうことだろう。
 いやしかし、それにしても! 天気もピーカンで本当に気持ちがいい。しかもここは、サーフィンの世界最高峰の舞台なのだ。しばらくボーっと海を、そしてそんな激しい海で平気で遊んでいる(おそらく)地元の子たちを眺めたあと、ボルコムハウスを見に行くことにした。言わずもがな、サーフブランドのVOLCOMのことだ。ボルコムハウスとは、そのVOLCOMの契約ライダーたちの、ノースショアにおける宿のことである。海を望むコテージのような造りで、二階部分にはおなじみのVOLCOMのロゴ看板があしらってあるのだ。
 ビーチへ入ってきた出入り口付近から、南へ百メートルも歩くと、それはすぐに見つかった。

「おおお、これか」

 なかなかに感慨深い。それは威風堂々、悠然とそびえ立ち、このノースの海、サーフィン世界最高峰の舞台であるパイプラインを見守るように、そこにあった。
 ハウスからは残念ながら、人の出入りはおろか、人がいる様子も見て取れなかった。まあ正直、僕はプロサーファーのことをまったく知らないので見かけたところで誰が誰だかわからなかっただろうけど。
 強い風に舞う砂塵に目を細めながら、ショアブレイクの爆音のそばを今度は北上した。少し行くと、ビーチチェアの上で寝そべる二人組のお姉さんを発見した。改めて思うけど、僕はこの旅でお姉さんばかりを追いかけている。
 その一人に声をかけた。「Excuse me」

「Hi」笑いかけてくれる二人。

「Ah..I came from Japan」

 頷く二人。

「I’m sorry. I don’t speak English」

「○×÷※!@#%……」

 何やら、そんなことないわ上手よ、といった具合にかぶりを振って微笑みかけてくれる二人。良い人たちだ。

「Ah…will you take my photograph?」

 さっきのSurf N sea と同じ言葉で、写真を撮ってくれない? と頼んだ。するとキャップにサングラスの、かわいいのかどうかよくわからない方の子がむくっと起き上がり、快く応じてくれた。パイプラインの海をバックに、一枚パシャリ。
 そしてデジカメを返してもらうそのときに、これまたさっきと同じ要領で、「with me?」と続けると、二人は顔を合わせてアハハハと笑い合った。
 なんで笑われてるんだろう。でもそりゃそうか、「ワターシハ、ニホンカラ、キマシタ。ワターシハ、エイゴガ、ハナ、セマ、セン。シャシン、トテヨ!ワタシト!」とか言われたら笑っちゃうよな。
 もう一人の寝たままの子がすごく可愛かったのでそっちが良かったのだけど、流れ上キャップにサングラスの方が僕と写ってくれることになった。まあ贅沢言うまい。かわいいのかどうか謎の女の子は僕のそばによると、大胆にも腰に手をまわしてきてグッと掴んできた。いいねそれ!
 写真を撮り終え、お礼を言って立ち去ろうとするとまた何やら言ってきた。何を言ってるのかてんでわからなかったけど、Surfer? という言葉だけは聞き取れた。あなたサーファーなの? といったところだろうか。
 真っ黒に日焼けしてるし、パイプラインを見に来てるわけだし、その海をバックに記念撮影を求めているんだ。サーフィンが好きな人間だと判断してくれたのだろう。僕はここぞとばかり大きく頷き、「Surfer」と答え、ニッと笑ってみせて立ち去った。
 女の子たちと別れたあと、あーあ、と思った。かっこつけて笑ってみせたものの、そういえば外人は日本人よりずっと歯並びや審美性に厳しいのだという。僕が見せたほうの横顔は銀歯が目立つほうだ。「ウーワ、キモイネ」なんて思われてしまったかもしれない。
 お金をためて、次にハワイにくるまでにセラミックに差し換えようなんてことを思いながら、僕はバンザイ・パイプラインを後にした。 

 

 (つづく)

 

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