サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします
三回目のサーフィン。昨日と同様に朝6時に起きた僕は、モクサーフへと向かった。初日にタカサーフで借りた7のファンボードでなにもできず、昨日二日目にここモクサーフで借りた8のロングボードで岸に真っすぐ数秒進んだのが少し。今日はもうワンサイズ大きくしてみようと思い、9のロングボードをレンタルすることにした。
「終わったら、ビーチのシャワーで綺麗に洗って返してくれますか?」
店を出る間際、昨日とは違う日本人店員がそう言った。
人によって応対が違うのかな? と思ったけど、すぐにそうではないのだと気づいた。僕はサーフボードやウェットスーツのブランドなどに疎い。使えればそれでいいじゃないかと思うタチだから。でもそんな僕でも唯一聞いたことのある名のあるロングボードブランドが、ドナルド・タカヤマというヤツで、今日借りた板がまさにそのブランドのものだということに気づき、ああ、大事に使ってくれよ、という意味だったんだなとわかった。言うまでもなく、傷つけたりすることはご法度だ。
いいかげん小脇に抱えるには大きすぎるサイズとなったので、僕はついにアフリカの部族の女性よろしく、板を頭上に乗せ、バランスをとりながらビーチへと向かった。
例によってデューク像に「Good morning」と挨拶し、昨日と同じく、ワイキキビーチにおける三つのサーフポイントの中の、カヌーズポイントから入水する。
今日も沖合150から200メートルの限りなくアウトに近いミドルで波待ちをした。波のコンディションは連日同様、セットで肩~頭くらい。彼らが見送って僕が乗ることになる波は、腹~胸といったところだ。
波待ちしていると、一人の黒人女性が僕のすぐ左となりにポジションをとった。目が合ったので、「Hi」と笑いかけると、向こうも同じように「Hi」と笑った。続けざま黒人女性が「○×÷※!@#%……」と話しかけてきたけれど、何を言ってるのだかてんでわからない。苦笑しながら「I’m sorry. I don’t understand English」と答えると、女性はヘの字口で肩をすくめてパドルで去ろうとした。
せっかくのコミュニケーションのチャンスなのに、英会話ができないとこういうことになる。寂しさを感じた僕は、それを言ったところでどう繋がるわけでもないけれど、「I came from Japan(日本から来たんだ)」と言ってみた。すると黒人女性はパドルをやめてにっこりと笑い、「○×÷※!@#%…… my brother÷※!@#%……Okinawa」と言った。
「Okinawa?」
「yes」
僕らは小さく頷き、微笑みあった。ちょうどそこへ彼女好みの波がやってきて、彼女は岸へと猛パドルすると、波に乗って去っていってしまった。
──そうか、彼女の兄弟は沖縄にいるんだな。たった一言でもいい、何か話しかけてみるものだなと、些細なコミュニケーションがとれたことを僕は嬉しく思った。そういえば沖縄には三年行ってない。おばさんたち、元気にやってるかな。
ドナルド・タカヤマだからというわけではなく、きっと9フィートのロングボードだから、という理由と、徐々になれてきたおかげもあって、僕はようやくワイキキの波に乗れるようになってきた。合計──たったの、ではあるけれど──三本。
いずれも5秒以上は乗れていたはずで、湘南・鵠沼で乗っている時間よりも長いライディングだ。しかも三本目にいたっては、ゆっくりゆっくりだけれど、波を横に滑ることができた。
だけどその三本目が危うかった。うまくいっていないときほど悪循環に陥り、ちゃんとスタンドアップできてるのか、とか、足を置く位置はここでいいんだろうか、とか、ついつい足元に目を落としてしまいがちになるんだけど、基本中の基本、行きたい方向を見るというのを意識して実践すると、板がスウーッとフロントサイド(僕は左足を前にして立つレギュラースタンス(逆をグーフィー)で、波に胸の側、岸に背中の側を向けて進んでいく場合)に進んでいってくれた。
「お? お? おお?」とにやつきながら進んでいくと、進行方向に、波待ちをしている若い日本人女性の姿が。
邪魔、邪魔、邪魔、よけて、よけて、よけて! と思うものの、女性はそこを微動だにしない。いやいやいや、うねりを沖側に乗り越えるなり、岸に向かってパドリングするなりして避けてくれよ。彼女は真横に進んでいってる僕の、もろに進路妨害の位置でじっとしたままこちらを見ている。
きゃーっみたいな慌てる素振りもなく、あなたがよけるのよね? と言わんばかりの顔だ。(しかし、本当にこういう様子を見て取れるくらい、ゆっくりリラックスしたライディングができているのがすごい)
よけなきゃ、よけなきゃ、と思うも、板が動かない。
──ロングの方が難しいんです。だって、まず曲がらないから。
昨日のモクサーフのスタッフの言葉が脳裏によぎる。本当だ、動かない。いよいよまずい! と思う瞬間、僕は後ろ足にグっと力を入れて板を踏み込んだ。そうすると板のレール(板の外周部分。縁)が切り立つ波の中に少し深く入ってくれたのか、ボードはすんでのところで右側にそれてくれた。僕はそのままバランスを崩して転倒した。
水から顔を出して「すみません、大丈夫でしたか?」と声をかけると、相手も「すみません」とすぐ返してきた。よかった、ぶつからなかったようだ。
それにしても、きちんと詫びてくるということは、自分に非があることはわかっていたんだな。たぶん、初級者である僕よりも未熟な完全な初心者で、どうすればいいかわからなかったんだろう。
後々わかったけれど、彼女にはインストラクターがついていた。やっぱりサーフレッスンのビギナーだ。やっぱりロングの取り扱いは気をつけなきゃな。
さて、気を取りなおしてもう一本! と思ったところで焦った。左腕を掲げてみたところ、そこにあるのは日焼けしていない白い生肌。腕時計をしてくるのを忘れてしまっている! うわー、時間の配分、重要なのに。
慌てて僕は、すぐ近くにいる白人男性に時間を訊ねることにした
「Excuse me. What’s time?」
すると男は腕時計をチラっと見て、僕にこういった。
「トゥロロロロロロロロラーリー」
「……Thank you」
微笑んで見せたものの、まっったくわからない。恐らく末尾のラーリーはサーティーのことで、きっと30分のことだろうと思う。6時半にホテルを出たのだから、まあ7時半である可能性が高いといえよう。それにしてもトゥロロロロロロロって。ネットで見たトラベル英会話のサイトなんかじゃ時間はけっこうシンプルに答えてもらえる、となっていなかったっけ? 7時半なら、セブンサーティーとか。なのにトゥロロロロロロって。
たぶん7時半なんだろうなと思いつつも確証が持てない。僕はついに掟を破り、日本人に話しかけることにした。掟を破った僕は日本人男性から時間を聞くことに成功し、8時過ぎに海を出た。
ワイキキでの三度目のサーフィン。またしても2時間未満の入水。そして乗れた波は、やっぱり夢見ていたロングライドには程遠かった。それなのに今日もとても満足のいく気持ちで終えられている。
やっぱりこれでいいんだ、こんな感じがいいんだ、と僕は確信した。
中身が濃いのだ。
日本でのサーフィン。これまでの七年。とても楽しかったのは事実だ。それは間違いない。けれどどこかそこには、イライラが伴っていた。イライラからスタートし、イライラして終える。そんなサーフィンだったように、今にして思う。
一週間大変な思いをして、辛い思いをして、そしてようやくやってきた休日、サーフィンができるせっかくのチャンスに、よりによって大雨が降ったり、外せない急用ができたりする。サーフできないままに終わり、イライラしてまた一週間待って、ようやく海へ行く。
すると波がまったくなかったりする。あるいは波がグチャグチャだったりする。そんな状況下でも鵠沼はありえないほどに混雑していて、皆が皆、自分が自分がと波を奪い合っている。
一つの波に乗るのは一人だけという世界共通のルールがある。みんなが乗ろうとした場合はいちばんピークに近いものが優先権を得るという共通ルールもある。すでにテイクオフして乗っている人がいるのに、自分が途中から割り込むというのも「前乗り」というNG行為で、これも世界共通。
だけど鵠沼ではそんなことは関係ない。ルールはあって無いようなものだ。
マナーもひどいものだ。セットの一本目に乗る。乗り終えるや否や、急いでパドルしてまた戻る。アウトには、セット一本目と二本目を他人に譲り、ようやく自分の番だと、ゆっくりとセット三本目に乗ろうとしている人がいたりするのに、そこへ割り込むようにして三本目も戴こうとしたりする。
そんな奴に限って、そんな風にしてまでセット三本中の二本も乗ろうとしておきながら、慌てて戻って慌てて方向転換して慌ててテイクオフしようとするものだから、うまく立てずに転倒したりする。そうしてせっかくの三本目の良い波を、誰が乗れるわけでもない無駄な波としてしまう──なんてこともよくある光景だ。
僕がサーフィンをしてきたこの七年、まわりはそんなサーファーがとても多かったと思うし、そして残念ながら、僕もずっとそんなサーフィンをしていた気がする。
海で反面教師を見つけ、ああはなるまいと思っていた自分もいつしか同じようなことをしていて、自分が自分が、もっともっと、と、そんな風にガツガツとサーフィンしていた気がする。そしてせっかくの機会なのだからと、どんなに疲れてても、怪我をしようとも、ちょっと板を壊してしまおうとも、おかまいなしに何時間も何時間も続けてしまっていたように思う。
でもここハワイへ、ワイキキへ来てからというもの、僕のサーフィンは変わった気がする。変えられた気がする。ガツガツした思いが、自然と消えている。
せっかくこの日のためにトレーニングをしてきたんだぞ。せっかくこの日を夢見てきたんだぞ。この旅はほんの数日間しかないんだぞ。理屈ではそうは思う。
だけど、なぜか、理想には程遠い現状にまったく不満はなかった。短い時間。少ない本数。それで充分に満足できている自分がいた。これが、これこそが、サーフィンのメッカ、ハワイ・ワイキキのサーフィンなのかもしれない。これが、サーファーの真の在り方なのかもしれない。
板を返却した僕は、そんなようなことを考えながらホテルへと戻った。
(つづく)
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