サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします
「今から言うことを聞いて下さい」
「は……はい」
「言うことを守っていただけたら、冬花さんがひとりでダラダラ――っていうと失礼ですけど、一人で一年やるのよりもっと効率よく成長させてあげてみせますから」
そんな少年漫画の修行シーンのようなセリフに胸を打たれ、僕は素直に「はい」と返した。
タカさんがレクチャーしてきたのは方向転換だ。足を旋回させてまわるやり方。それはそれでいい。でももう一つやり方があるという。
「左に回転したい場合、海中に落とした左腕を、海上に向けてまっすぐ持ち上げる掻き方をして下さい」
やってみる。なんだこの動き。ふつう水を掻く、とは、クロールのように前方に腕を伸ばして水の中に手を入れて、そこからグウンと自分の体の脇をすり抜けていくように深く掻いて、尻のあたりから水上に出すものだ。なのに、海中にチャポンと落とした腕を、手の平を上に向け、そこからまっすぐ上に持ち上げるだなんて。
「で、ですね。右腕の方は反対の動きをしてください。水につけた右手を、真下にグッと落とす」
「……はい」
要するに、左腕は下から上へと持ち上げる動作、右腕は上から下へと押し込む動作。それを同時にやるのだという。
「……お、おおっ」
「ね?」タカさんは笑った。
その場にいながらにして、9フィートの長い板は急旋回した。
「沖に向かって波待ちする、波がきた、よし乗ろう、そこでチンタラ方向転換してたらさっきみたいに間に合わないわけです。そういうときに、これ。これ覚えないと間に合わないですから」
なるほど、そういうことか。僕はひとつ、成長した。
「じゃあ次、どの波に乗るのかは僕が選びます。僕がGOと行ったらパドル開始してください。ストップと言ったら中止です。いいですね?」
僕は黙って頷いた。
しばらくして、タカさんが静かに言った。「よし、アレいきましょうか、冬花さん」
沖を見ると、さっきやられてしまったのと同じくらいの波がやってきている。僕は教えに従った方向転換をすると、岸に向かってパドルを開始した。タカさんが語気を強める。
「冬花さん、まっすぐ、まっすぐです!」
そう、僕はショートに乗ってる時にやりがちな斜めテイクオフをしようとしていた。サーフィンとはまっすぐ岸に向かって乗っていくものではない(と言い切るのもなんだけど)。サーフィンは右へ左へとブレイクしていくその横方向に沿って乗っていくものなのだ。
僕はそれをやりやすくするため、テイクオフの時点で板を少し進行方向へと向ける斜めテイクオフをする癖がついてしまっていた。それをロングボードで、大きな波で、そしてビギナーの僕がやるだなんて、間違っていたのだろう。
「まっすぐです!」
後方からやってくる波に対し、板をまっすぐ垂直に添える。そしてまっすぐ岸に向かってパドルする。
「GOGOGOGOGOGOGO!」タカさんの怒号。
サーフィンのテイクオフで最も重要なこと。それは躊躇してはいけないということ。勇気を持って、行くと決めたら迷わず行く。Go for it! の精神がサーファーには求められる。「GOGOGOGO──」
波が僕に追いつく。ボードの下、海面が盛り上がり、腿、腰のあたりが持ち上げられる感覚を得る。
「……GO!」
僕はまっすぐ前に視線を向けたまま両腕を突っ張って上体を起こすと、猫のような軽やかなジャンプを意識して左脚を胸元に引きつけた。僕の左右両サイド、顔のすぐそばで白波が弾け飛んでいる──テイクオフが少し遅い証拠だ。テイクオフは、切り立った波が頂点から「さあ崩れるぞ!」というその瞬間に立たなければいけない。僕の顔のそばに白波が見えるということは波がすでに崩れ始めている証拠で、そのタイミングで立ち上がりはじめると、波というより波の余韻でサーフィンするようなものなのだ。わかってる、だけど、波の力が強くて、9フィートの安定したロングボードだというのにグラグラが止まらず、立ちたくてもなかなか立てないんだ。
僕はぐっとそれを堪え、何とか立ち上がろうとした。ボードが──安定した、イケる! 顔のすぐそばで崩れる、テイクオフが遅い証拠に他ならない白波。でもとても美しい。そのときの僕にはそれが門出を祝う花道のように感じられた。板についた両手をそっと離すようなイメージで中腰に立ち上がる……立ち上がってみせる、立ち、立て、た、立てた。立てた!
「うお、おおおおお!」
僕を乗せた9フィートのロングボードは、9フィートのロングボードに乗った僕は、ものすごい勢いで岸へと直進した。僕はぐんぐん、ぐんぐんと、必死にロングパドルしてゲットしてきた距離を戻っていく。
この調子ならイケるかもしれない。僕は上体を捻った。サーフスケートでぐんぐん加速していく練習のときにやったアレだ。
レギュラースタンス。身体の正面は、進行方向に対して3時の方向を向いている。その3時のヘソを12時くらいの位置にまで捻るイメージ! すると上体、肩、頭──目線もそちらの左の方へと連動して向く。
──ロングボードはね、まず曲がらないんですよ。
僕を乗せたロングボードが、ググっと少し左に傾く。まっすぐ岸へと向かっていた板がブレイクの方向にあわせて左へと曲がっていく。おお、おおおっ。
波がだんだん弱くなってきた、勢いがなくなってきた。視界の隅でそれを感じた僕は、今度は初期位置3時にあるべきヘソを、5時くらいの位置にまで捻るようにした。右へのターンだ。すると板が左向きからまっすぐ正面、そして右側へと傾いていく。
気持ちいい、気持ちいい、ああ、なんて気持ちが──僕はそこで、派手に板から落ちた。
海中でボコボコボコと泡を吐きながら、僕は笑っていた。そして手で顔をガードしながら、ゆっくり海面へと顔を出した。
振り返ると遠く沖の方で、タカさんが波待ちの姿勢のままこちらを見ていた。よかったっしょ? 僕が親指をグッと立てて見せると、タカさんも同じようにして応じてくれた。
いまのは10秒は乗れたんじゃないだろうか。この七年のサーフィンライフにおいて、それは最長記録のロングライドだった。スピード感もとんでもなかった。本当は大したことないかもしれない。傍から見たらしょぼいかもしれない。自動車教習所内のやや長いストレートではじめて時速30キロのスピードを出して、ものすごく速く体感するのと似ていることなんだと思う。でも、
「めっちゃ気持ちよかった!」
「あははは」
「いやマジで、いままででいちばん気持ちよかったっす!」
「あはははは」
興奮冷めやらぬ僕を、タカさんは、無邪気によろこぶ子供を見守る親のような顔で見てくれていた。そしてさらに僕のサーフィンをよくするため、タカさんはアドバイスを続けてくれた。
「冬花さん、スタンスなんですけど、ちょっと内股気味なんですよね」ショートボードはやや内股でやる。サーフスケートもそうだ。「──それ見た目カッコイイんすけど、その乗り方でロングやると、膝やっちゃいますよ」
「え、マジすか」
タカさんは頷いた。「まっすぐ腰落とす感じでいいです。あと上体が少し固いから、もっとリラックスする感じで」
「わかりました、やってみます」
そして次の波も僕は、同じように乗ることができた。でもやはり内股なのだという。
「意識してやったつもりなんですけどね」
「そばから見てると変わってないです。じゃあ、いっそガニ股にするくらいの意識でやってみてください。それくらいでちょうどいいかも」
「わかりました。あとタカさん、オレいっつも右脚の踵側から最後は倒れちゃうんですけど、何が原因なんですかね?」
僕は自己診断で、単純にそちらに重心がかかっているのだと解釈していた。実際、靴の踵の減りもいつも右脚の踵側がいちばん早く減っていってしまうのだ。だけどタカさんからは意外な答えが返ってきた。
「前重心過ぎるんだと思いますよ」
僕は左脚を前足、右脚を後ろ足とするレギュラースタンスだ。そしていつも後ろ足である右脚の踵側に倒れるように終わってしまうのだけど、その原因が前足加重過ぎるとは?
「もう少し後ろ加重にして乗ってみてください」
ちょっと納得がいかなかったけれど、僕は言われるままやってみることにした。すると、だ。劇的な変化があった。波の力を感じるように、波の力に身をまかせるように、気持ちいままでよりも後ろ加重で、リラックスして立ってみた。するとバランスよく、板はスゥーっと前へ前へと進んで行くではないか。
お、お、おおー。ロングライドなので気持ちに余裕もある。波の勢いがなくなってきた弱まってきたと感じるや否や、ずっとこの加重のままじゃダメだと思い立ち、今度は前足を踏ん張るようにしてグンと力を込めると、止まりかけていた板がまたグワっと勢いに乗って走り出した。そしてまた、左へと、右へと行きたい方向へと進んで行く。
ゆっくりではあるけれど、僕は板をコントロールできるようになってきた。最終的には、完全に失速して止まった板の上に、パドル再開に備えて腹ばいの姿勢で飛びつくのが正しい終わり方だ。それにチャレンジしてみてちょっとズレてひっくり返ってしまったけど、僕は右後ろに転倒して終わるといういつもの結果を回避することができた。タカさんがまた笑顔で親指を立てた。
目からうろこだった。僕はいつもテイクオフを成功させると、もっと前へ、もっと勢いを、もっとスピードを、もっと距離を、という気持ちで、常に前足加重で乗ろうとしていた。その乗り方が正しい瞬間もあるのだろうけれど、ずっとそれだけじゃダメなんだということがわかった。だから正しく波に乗り切れず、転倒して終わってしまっていたのだ。
右後ろへ倒れてしまう理由自体はきっと僕の解釈どおりだろうとは思う。基本重心がそちらなのは間違いないから。ただタカさんはそういう観点ではなく、転倒して終わってしまう原因そのものを、ゆき過ぎた前足加重に原因があると見抜き、アドバイスしてくれたのだとわかった。
サーフィンは波に乗るスポーツだ。波の力なくしてサーフィンはありえない。まずは波の力を感じる。波に乗せてもらう。それが大切なのだと、身体でわかった瞬間だった。
(つづく)
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