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運動音痴の40代オヤジ、サーフィンに夢中

【紀行】初級者サーファーのハワイ一人旅(17)

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サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします


 

 タカさんの言うことは本当だった。きちんと教えを乞うていると、一人でダラダラ何年もやってきたのよりもずっと早く、正しく、成長することができるんだ。僕は思わず「タカサーフお願いしてよかった!」と叫んだ。
 タカさんはありがとう、と言って声をあげて笑った。そのとき、ザブンッ。「うあっ」
 油断していて、波をかぶってしまった。

「大丈夫?」

 あ、右目の視界がぼやける。やっちゃったか? 僕はコンタクトだ。これまでも何度も海で流されてしまっている。コンタクトが流されたのかどうか、毎回しばらくはわからない。水が目に入ってぼやけてしまっているだけのこともあるし、水が入ったことでコンタクトがずれているだけのこともあるからだ。今回は、どうだ?

「……タカさあん」

「はい」

「コンタクト、流された」

「ええーっ、大丈夫っすか?」タカさんが正座のまま寄ってくる。「戻ります?」

 今日は終了、という意味なのか、それとも予備があるなら交換しよう、という意味なのかはわからない。たぶんタカさん的にも、どちらを意図するでもなく言っただけだろうけど。でも、

「フッフフフフ」僕は不敵に笑った。「よく流されるんですよ。だからこんなこともあろうかと、予備持ってきました」

 サーフィン雑誌の付録で手に入れた、防水ポーチ。ジップロックを少し頑丈にしたようなヤツだ。僕は海パンのポケットからそれを取り出した。
 僕はクルマに乗らないのでよくわからないけど、クルマで海へ来ているサーファーたちはきっとこういうのに鍵などを入れて海の中に入っているのだろう。僕はこれまで何年も出番のなかったそのポーチに、予備のコンタクトレンズを入れてきていた。

「よかった」

 タカさんもホッとしたようだ。とはいえ、初めてのことだ。僕は慌てた。なんせ海上だ。サーファーが乗る乗らないなどおかまいなしに、波は沖からどんどんやってくるのだから、うねりが迫ってきた場合はそれに挑むようにして沖に向けてパドルして乗り越えなければならない。
 ポーチは水の浸入を防ぐため、ジップロックのような口を閉めたあと、折りたたんで、それをさらに覆うようにしてボタンで留めるという二重構造の防水仕様になっている。防水性が高い反面、中身を取り出すのも一苦労だ。気が焦る。こまめに片目で沖を見ては、うねりが迫ってきていないか確認しながら蓋を開けてゆく。
 うしっ。コンタクトを無事取り出した。波も、まだ来ていない。僕はメリメリメリっと、プリンの蓋のようなそれを開封する。

「大丈夫っすか」

「オッケーッす」

 落ち着いて、レンズの表裏が間違ってないかを確認する。よし、この向きでオッケーだ。さあ装着、インサート! マイ、アーイズ! と思ったその時、嘘のような横殴りの突風が吹いた。
「うおっ」波待ちの姿勢が崩れ、ボードが揺れる。ここで転覆しようものなら洒落にならない。とりあえずセーフ。あっぶねー。
 ドキドキしながら改めて装ちゃーく、と思って人差し指の上を見ると、そこにはレンズがなかった。

「ああああっ!」

「どうしました?」

「つけようと思ったコンタクト、新品、飛ばされたーっ!」

「ええーっ」

 なんてこった。1Dayじゃなく2Weekなのに。

「大丈夫っすか?」タカさんがさらに寄ってくる。「戻ります?」

「フッフフフ」僕はふたたび不敵に笑った。「こんなこともあろうかと、もう一枚、あるんですよ!」

 タカさんは苦笑した。
 今度こそ僕は、無事にコンタクトを装着させた。
 タカさんが言う。

「海の上でコンタクト、けっこうみんなやるもんなんですよ。でね、やばいときは、口の中に入れるんです」

「あ、そうなんすか?」

「そう。やばいときは口の中。これ鉄則」

 知らなかった……。また一つ勉強になった。
 それから何本か、失敗があった。毎々タカさんが波を選ぶのではなく、自分で判断して乗ってみる、というのをやった。やっぱりサーフィンは簡単ではなく、置いてけぼりを食う失敗例なんかもあった。都度タカさんが指摘する。

「いま失敗したああいう波に乗るにはね、もうパドルをスタートさせなきゃダメです。あああれ似てますね。僕なら乗れます。見ててください。ハイもうパドルスタート」

 タカさんはそういって岸に向かってパドルを開始した。僕だったらまだ方向転換しつつ待っているようなタイミングだ。タカさんはどんどん岸へと進んで行く。そこへ波がゆっくりと追いついてくる。
 僕の位置から見て、切り立った波のせいで、タカさんの姿は波の向こう側へと消えて見えなくなった。乗れたのか? どうなんだ? そう思うが早いか、すっとタカさんの被る黒いキャップが現れた。テイクオフ、成功。
 タカさんはとんでもないスピードで右方向へと進んでいった。パントマイムの定番ネタ、衝立で身を隠して、階段を下りていくように見せかける動きのような感じで、タカさんの肩から上だけが波の背中越しに上がり下がりしながら見える。
 ブワーっと右へと進んでいったタカさんの姿がふと見えなくなったかと思うと、今度は反転したのだろう、左方向へと進んでいった。そしてこの僕が好むような小さ目の波で、且つその大きな板で一体どうやったの? と問い質したくなるほどの豪快なトップターンを決めて、タカさんは長い長いライディングを終えてみせた。
 思わず僕は拍手を送った。
 冬のノースの波を楽しめるようなレベルの、ハワイのアマチュアコンテストで優勝歴のある人にとっては、こんなの朝飯前なんだろうな。僕はただただ感嘆した。

「とまあ、こんな感じで。冬花さん。乗れなかった波があったら、ああ乗れなかったな、で終わらせないで下さい。何で乗れなかったんだろうと考えてください。そしてどうすれば乗れるようになるのかと考えてください。そしてそれを次に実行してみてください。成功しても失敗しても、考えるようにしてください」タカさんの講義に熱が帯びる。「そうしていくと、いつか百発百中になります。そうしていけばどんどん上手くなります。そしたらサーフィンが、もっともっと楽しくなります」

 僕はタカさんのサングラス越しの目をじっと見つめて聞き入った。ただ黙って頷いた。「うるさいようで申し訳ないです。でも僕は、冬花さんにもっともっとうまくなってほしいんです。そしてサーフィンを、もっと楽しんでほしいんです」
 タカさんはそこまで言い終えると、ニッと笑った。僕はもう一度頷き、わかりました、と答え、同じように笑った。

「もう結構な本数乗ってます。そろそろ終わりにしましょうか」

 そんなに、乗ってたのか。僕はもう胸がいっぱいだった。こんなにも気持ちいいのは、七年間のサーフィンライフにおいて、本当にはじめてのことだった。そして同時に、もう体力の限界が来ていることを感じていた。

「ラスト、あと一本乗って、終わりにしましょう」

 タカさんはそう言って、また波を選んでくれると言った。沖に向かって波待ちする。パスする波をまっすぐに乗り越える。今日教えてもらったことを忠実に守る。
 波が、来る。「冬花さん」
 タカさんの呼ぶ声に、僕は頷いてみせた。僕もあの波に乗ろうと判断していたからだ。左腕を上に、右腕を下に掻いて場所を変えずに急旋回する。岸に向かってパドリングを始める。右後ろを確認し、左後ろを確認し、迫り来る波にまっすぐ垂直になるように微調整する。

「もう少し左。もう少し左」タカさんもアドバイスを送ってくれる。「そう、そこです。そのまままっすぐ。パドル、パドル、パドル」

 体力の限界、悲鳴をあげる腕を必死に回す。

「来ましたよー、来ましたよー」

 最後にもう一度チラっと振りかえる。波が僕のすぐそこまでやってきている。僕は歯を食いしばり全力でパドルした。

「GOGOGOGOGO!」

 タカさんが檄を飛ばす。板が、身体が持ち上がる。遠く外洋から長い旅路の果てにやってきたうねりが、アラモアナ・ボウルズの波が、この三ヶ月間夢見てきたハワイの波が、9フィートのロングボードに乗った僕の身体を、後ろから、下から、グウンと持ち上げる。
 テイクオフの動作に入る僕の顔の左右にまた白波が立つ。クソッ、またテイクオフが遅かった。波が強い、僕はそれを必死で抑えながら、倒れそうになるのを堪えながら、ゆっくりと、しかし確実に、

「GO GO──

 ──立ち上がる!
 岸に向かって猛スピードで走る僕のそばに、タカさんが追いついてきた。僕と同じレギュラースタンスのはずなのに、僕の姿を正面から見て捉えようと、あえて右脚を前足とするグーフィースタンスに切り替えて滑り降りてきてくれた。なんて人だ。
 タカさんがカメラを構え、水の上を疾走する僕に声をかける。

「Hey! ALOHA」

 僕はハワイの波の上で、右手を挙げ、アロハポーズを決めた。

 

 

  夢のような二時間は、あっという間に過ぎ去った。
 海は、力強くもあり、優しくもある。突き放すような冷たさを見せることもあれば、そっと包んでくれる温もりを感じさせることもある。海は、父性と母性、両方をあわせもった超常的な存在だ。
 サーフィンとは、そんな海という大自然の子となって、切り立つ波と時に仲良く、時にケンカしながら、全身全霊でもって戯れる時間のことを指すものだと思う。
 これまでの七年を否定するつもりはない。だけど僕は今日、初めて、サーフィンをした。

 

 タカさんにクルマで、ワイキキビーチコマーまで送ってもらう。車中のタカさんは饒舌だった。この三日間で腕がもうボロボロっす、そんな話をして、一見細身なのにタカさんのパドル筋すごいっすね、と言うと、

「もうここまでくると、パドル筋つーか、筋肉じゃない何か、ですよね」

「あはは」

「筋肉じゃない、何かがついちゃってる」

「でもすごいっすよね、ホント」

「いや、でも慣れですよ、慣れ」

「そんなもんすか?」

「そんなもんすよ。何だってそうだと思います。力は確かに歳とって落ちてきてますよ? でもスキルはね、確実に若い頃よりもどんどんあがっていってます。確信してます。どの波が乗れる波か、なんて選ぶ目なんかもそう」

「ああ」

「ね? 仕事もそうでしょ? 若い頃よりもどんどん成長して、いろんな判断、決断ができて、こなせるようになってくわけだから」

「たしかに」

「力はしょうがないっすよ。そればっかはどうにもならない。チンコの硬さだって、どんどんダメになるわけじゃないすか。でもその分こう、技術というか、テクでこう、ねえ?」

「あはは、バカだこの人」

「バカだよねえ」

 僕らは笑った。

「とにかく僕、もう40歳になる歳ですけど、なーんとも思ってないですもん。コンテストだって、また出たいなって思ってるし」

「へえ」

「もっともっと、サーフィンうまくなりたいなって思ってるし、なれると思ってる」

 クルマがホテルに到着する。

「冬花さんも、これからも、がんばってください」

「ありがとうございました。ホント、めっちゃ楽しかったです」

 僕が手を差し出すと、タカさんも手を差し出した。僕らは固い固い、とても固い握手をした。

「じゃ、また」

「またハワイにくる機会があったら、絶対またお願いしますね」

「絶対お願いしますよ」

 僕らはもう一度握手した。
 19時30分。滞在するホテルの前で、僕らは別れた。

 

(つづく)

 

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