サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします
カイルアからバスで戻ってきた僕はその足で、アラモアナセンター内のOLDNAVYへと向かった。今日のレストランにはドレスコードがあるのだ。TシャツNGで、襟付きシャツ着用のこと。ビーサンNGで、靴を履くこと。ジーパンNGで、ハーパンOK。そう調べはついていた。
だけどこちらへ来て改めて確認したところ、やっぱりハーパンがダメなのだという。ハーパン二枚しか持ってこなかった僕は、急いでボトムスを用立てる必要に迫られた。メンドクサイが、やむを得ない。
悩む必要なんてない。最安値のものを買えばいい。物色するまでもなく僕は紺色の薄手のパンツを見つけた。だけど、僕の足元──スニーカーはカイルアの波をかぶってグズグズだし、そのせいで大量の砂くっついたままだ。この足で試着なんてできないし、鏡の前で腰にあててどんなものかなーと確認することすら厳しかった。砂がつくからだ。
参ったな。僕は「32×34」などと表記されたタグを見て、たぶん順序としてウエスト×レングスだろうと思いつつも、確信が持てなかったので、店員を捕まえて確認することにした。タグの数字を左、右と指差しながら、「west, length? or length, west?」
すると店員は、「west, length」と答えた。よかった、日本と同じだ。
しかしやはりサイズが大きめだ。僕は一つだけ残っていた、ウエスト30のものを見つけ、それを買うことにした。レングスは32。……僕は足が短い。
会計を終えると、キャッシャーの担当者は僕に見向きもしなかった。裾直しの概念がないんだろうか。僕は買い終えたパンツをもって別の店員に声をかけた。パンツを見せながら、ジェスチャーを交えて単語を並べる。もう自分の物なのだから、砂を気にせず腰を合わせて見せる。パンツの裾は数センチだらりと床に横たわった。その状況で、
「length, long」
つぎに、裾を持つ。3インチ分くらいの箇所を手にして、ハサミで切るジェスチャーをして見せる。
「Ah…3inch, Cut! Scissors. チョキチョキチョキチョキ」
すると女店員は「3inch…」と呟くや否や、ゆるい角度のコマネチのような仕草をしながら、「short pants?」
何でショートパンツなんだよ。
こいつバカなのか。こればっかは僕の語学力うんぬんの問題じゃないはずだ。ジェスチャー込みなんだから誰の目にも何人の目にも一目瞭然だろうに。
僕は怒りをこらえてもう一度チャレンジした。ジェスチャーを交えて単語を並べる。買ったパンツを腰に合わせる。裾は先ほど同様、地面に数センチだらりと横たわる。
「length(丈が), long(長げーよ)」
次に裾を持つ。3インチ分くらいの箇所を手にして、ハサミで切るジェスチャー。
「3inch, Cut(切ってよ), Scissors(鋏でさ), チョキチョキチョキチョキ, please!(お願い!)」
すると女店員は「3inch…」と思案して、こういう意味かしら? と首を傾げながら再びゆるーい角度のコマネチをした。「short pants?」
だから何で膝上三インチなんだよ! 正真正銘のバカだ。
僕は諦めて店を出た。
トロリーでロイアルハワイアンセンターに到着した僕は、寄りたいところがあったのだけれど、まずホテルへ戻り、OLDNAVYのバカ店員になりかわって自らパンツの裾をカットすることにした。
ロビーで鋏を貸してくれというと「ここで使ってください」というので、その場で目分量で裾をカットした。切り口はザックザクの状態だ。このままじゃ履けないのでロールアップしてくるぶし見せのようにした。用意していた靴はモカシンのようなスリッポンだし、即席にしちゃ良い感じに仕上がったと思う。
食事まで充分余裕があったので、さっき寄りたかったところへ行くことにした。部屋に戻って砂を落とし、ふたたび外へ。寄りたかったのはロイアルハワイアンセンターだ。というのもこちらへ来てからというもの美味しいコーヒーを飲んでいなかったので、通りかかるたび気になっていたアイランド・ビンテージ・コーヒーに行ってみたかったのだ。わざわざ日本で行き慣れたスタバに行くこともない。
アイスのモカをテイクアウトする。別にどうってことのない、結局はスタバ系の店だったけれど、特別何か違いを期待していたわけでもないので、満足した。たっぷり乗ったクリームの甘みで疲れを癒しつつ、飲むにつれ奥から滲み出てくるコーヒーの確かな苦味。充分に美味しいコーヒーをいただくことができた。
そのままの足で、ロイアルハワイアンセンターを少しぶらつく。いろいろな店がある。僕はその手のことに疎いのでよくわからないが、どうもブランドもののショップが多いように見えた。ハレイワタウンとも、カイルアタウンともまったく違う。当たり前か。そんなの町の商店街と都市部の百貨店とを比べるようなものだな。そもそも僕が気づいていなかっただけで、このロイアルハワイアンセンターのみならず、ここワイキキという街自体がそういう志向なのだろう。
ディナーはホテルのすぐ裏、クヒオ通り沿いにある「HY’S」というステーキハウスだった。薄暗い店内はムード満点。茶色というかワインレッド色というか、古い洋館のような重厚な世界観で、そりゃドレスコードあるわな、という感じ。
とはいえ、そこはやっぱりハワイ・ワイキキだ。どこかヌケ感を感じさせる装いのおしゃれな大人がいっぱいだった。ま、OLDNAVYでも何とかなる感じ。
僕はTボーンステーキやリブステーキなどをミディアムレアでいただき、赤ワインをあわせた。珍しく腹が減っていたけど、腹八分目。満足して最後の晩餐を終えた。締めくくりにとても美味しい食事にありつけた僕は、ホテルの外の喫煙所で一服してから部屋へと帰った。
最後の夜だ。少し飲み足りないと思った僕は改めて外へ出て、ABCへと向かった。ロングボードを一本買って帰ると、ベランダへ出て夜景を眺めながら、それを飲んだ。
むかしグアムへ行ったときの最後の夜を思い出した。
あのときもホテルのベランダから夜景、そして照らされたタモンビーチを眺めながら過ごしたっけ。何で帰らなきゃいけないんだろう。何でこのままここにいちゃいけないんだろう。こんなに居心地がいいのに。こんなにここが好きなのに。なんで……なんで……。
そのときの僕は泣きそうになりながら、頭がおかしくなりそうになりながら、苦悶の夜を越えたのだった。帰国して日常を取り戻してからもずっとグアムを引きずっていた僕は、仕事中ずっとグアムに住むには、グアムで働くには、ということを調べた。叶わない夢だと知りながら、過ぎ去ったグアムの日々に思いを馳せながら、僕は長い期間を過ごした。
前回行ったのはもう三回目になるグアムだった。サーフィンを始めた年だったけど、グアムの海ではサーフィンはできなかった。それでも僕はグアムを愛した。グアムを求めた。
そして、今回のハワイ。きっと同じような夜を過ごすんだろうな、と出国前から想像していた。だけどいまの僕の気持ちは、どうだろう……。シェラトン越しの真っ暗な海は、こんな夜更けでも白波が見てとれる。いまの僕の気持ちは……不思議と、落ち着いていた。
──満足、したのかな? まだよくわからない。
さっき食べたTボーンステーキ。その愉しみ方に答えがあるような気がした。一口に言ってしまうと、腹八分目の良さ。きっとそれに気づいたからだ。何ならもう少し食べたかった気もする。けど、数切れでもとても美味しく味わうことができた、これくらいでいいや、とそう思えた。
サーフィンもそうだった。
初日の昼、タカサーフの7のファンボード。二日目の朝、モクサーフの8のロングボード。三日目の朝、モクサーフの9のロングボード。その夕方、タカサーフの9のロングボード。そして今日、四日目の朝、モクサーフの9のロングボード。
四泊六日の行程で、計五回サーフィンをやったけれど、それぞれ遊んだ時間は、最短のもので初日の40分、最長のものでもタカさんと入った、たったの二時間だ。
鵠沼で、たまの機会だからと半日中ガツガツとサーフィンしていた僕。そんな普段の僕にはとうてい考えられない、納得のいかない短い時間だ。それがなぜかここへ来て、とても余裕のあるサーフィンをするようになった。
調子が悪いからここらで切り上げようとか、良いの一本乗れたからここらで終わりにしようとか、そんな風にしてゆとりをもってサーフィンをすることができた。
他にやりたいことがあるから切り上げなきゃいけなかったという理由も少なからずある。あるけれど、もし予定のない空白の一日があったとしても、僕はあのまま、がつがつと一日中サーフィンをしていたとは思えなかった。サーフィンをしにハワイへやってきたというのに、たったの中四日しかないというのに、だ。
これはやっぱり、Tボーンステーキと同じだ。腹八分目の良さを感じ取れたから満足できたんだ。そう思う。
ではなぜ、腹八分目を「物足りない」ではなく「良かった」と思えたのか? そう、ここが重要なポイントだ。でもその答えはもうわかっていた。濃密さを味わえたから、ということに違いない。
(つづく)
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