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運動音痴の40代オヤジ、サーフィンに夢中

【紀行】初級者サーファーのハワイ一人旅(最終回)

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サーフィン歴7年(年に数回のへっぽこ)、英語はからっきし(中学一年レベル)の
人見知りオヤジが挑んだハワイ一人旅! 連載形式でお届けします


 

 四年前にパニック障害と診断されたのをきっかけに、あらゆる体調不良に見舞われて、元来臆病な気質の僕は死を少し意識するようになり、どうせ死ぬのなら、死ぬ前にせめて──といった理由から、生きた証として小説の執筆を初めることとした。
 それ以来、毎日を大切に生きよう、一日一日を一生懸命に生きよう、と心がけるようになった。
 
あれから数年。すっかり元気になった僕は日常に流され、日々全力というのを実践するのがなかなか困難となってしまっている。当時のような鬼気迫る感覚はもはや薄まってきているのだ。それでも心の中では確固として、日々全力を美徳としている。
 ──しているのだけれど、ここハワイへきてから、それはちょっと固すぎる考えだったのかな、と思えてきた。だってどう考えたって、どう頑張ったって、24時間365日ずーっと気を張り続けて集中し続けて全力で生きることなんてできないんだから。
 もし本当にそんな風に生きるのなら、セミのような短い命で生涯を終えてしまうに違いない。
 毎日を大切に、全力で生きる。それはそれで正しく素晴らしいモットーではあると思う。でも、ちょっと固すぎたその考え方に、少し柔軟性を与えてやるといいんだ。その考え方はベースにしていいんだけれど、もう少しリラックスして実践していけばいいんだ。
「今日はこのくらいでいいや」という考え方。字面だけ見て取ると、悪い言葉のように見える。頑張っていない人間の、いいかげんなスタンスのように映る。
 でもそうじゃないんだ。密度の濃い、実のある、そんな何かを感じ取れたり成し遂げたりすることができたのなら、だったら「今日はこのくらいでいいや」と思っていい、そう言っていいんだ。
 僕は何となくわかった気がした。日々を全力で。これは決して、費やす時間のことを指すわけではない。日々全力。腹八分目。相反することのようだけど、そんなことはない。両者は共存できる──いや、表裏一体、同じ意味なのかもしれない。
 ──夜風のなか酔いが回ってきた僕は、そんなようなことを考えながら、最後の夜を送った。
 最後はどうしたっけ。多分きちんと部屋に戻って、きちんと眠った。
 のだと思う。

 

 最後の朝。ラストサーフだ。
「ハッ──ハハハハハ」思わず笑う僕。「ボードレンタル代、とっとくの忘れた」
 バカだ。昨日ABCで、ロングボードとタバコ買っちゃったせいで、もうドルがなくなっていた。残金8ドル。
 はあ、何やってんだか。でも、体力が切れている状態に変わりはなかった。残念ながら、昨日のTボーンでは僕の壊れた筋肉は再生しなかった。
 じゃ、散歩でもするか。僕はいつもの軽装、プラス、デジカメを持って、人生いろいろ号室を出た。
 朝のカラカウア通りを東へ行く。今日で四日目の道。ワイキキビーチコマーを出てすぐのところで、工事中の建物と道路があって、少し道が狭まった箇所がある。肩がぶつかりそうになりながら、何度となく通ったっけ。今は、ガラガラだ。僕は一人の酔っ払いの黒人とすれ違うと、そのまま通りを進んだ。
 アストンホテル前を左に折れる。すぐに見えてくる、四つ角に佇むモクサーフ。いつもの風景。
 お世話になりました、今日これから帰国します。なんて挨拶にいこうかと少し思ったけれど、やめておくことにした。なんか、そういう感じの店でもないし。僕にとってのこの店は、世話になった思い出深い店だけれど、まだむこうにしてみたら、僕なんて数多くいる客のうちの一人に過ぎず、ひとりのスタッフが「おっ」と言ってくれる程度の存在だ。 
 アイツ来なくなったな、根性なしめ、なんて思われるんだろうか……いや、そんなわけないか。きっとほとんどの客が旅行客だろう。数日顔を出し続けた客なんて、ただの通りすがりの人のようにいなくなってしまう。僕もその一人に過ぎない。
 信号を渡ってワイキキビーチへ向かう。
「Good morning」
 僕はサーフィンの神様に挨拶した。いつもよりほんの数秒だけ長くその顔を見つめ、そしてそのまま神様のそばを通り過ぎた。
 眼前に広がるワイキキビーチ。四日間入水した、サーフポイント・カヌーズ。平日だというのに今朝も盛況だ。200メートル沖合いのアウトに、数十人のサーファーの姿。左手の、ローカルオンリーのクイーンズも同様だ。チャレンジしてみようかと思いながら、けっきょく一度も行かなかった、遥か右奥のポイント・ポップス。
 いつもと同じ情景だった。そりゃそうだ、僕にとっては最後の朝だけれど、彼ら彼女らにとっては、繰り返す日常の一コマ、ただの火曜日の朝なのだから。
 カヌーズの面々を見る。黒キャップの例の女性が今日もいた。今日もまた、スタイリッシュなサーフィンをしている。波の、ピークという頂点部分ではなく、ショルダーという少し横に外れた位置からのテイクオフを好む彼女は、誰の邪魔をするでも、誰に邪魔されるでもなく、今日も自分の波を見つけては、波と一対一で戯れていた。
 サーフィンのためだけにしか来なかったこのビーチを、僕は少し歩いた。
 一人のガールズサーファーがボードを小脇に抱え、これから海へ入ろうとしていた。ここからだと、カヌーズの右寄りに行くのか、それとももしやポップスに向かうのか。
 気持ちいいよね、この海でのサーフィンは。
 彼女がローカルなのか、ビジターなのか。僕より上手なのか、ヘタなのか。それはわからないけれど、でもこのポイントを愛するサーファーの気持ちだけはわかる。ここへ入った者ならばわかりあえる。
 海に挑みゆく彼女の後ろ姿、思わず写真を一枚。うん、素晴らしいTバック、素晴らしいお尻だ。ガールズサーファーのカッコよさに思わず見とれた外国人観光客、を装って写真を撮ったけれど、これ本当、日本国内で日本人の女の子をこんな風にとってたら盗撮扱いで捕まっちゃうかもしれないよな。この辺にしとこう。
 最後にもう一度カヌーズのサーファーたちのテイクオフだけでも見ておきたかったけど、今日は波が良くなかった。
 なかなかその機会が訪れそうにないので、僕はもう、立ち去ることにした。
 バイバイ、カヌーズ。

 

 お土産を詰め込んで、来る時よりも重くなったスーツケースを持って、僕は、ホリデイ・イン・ワイキキ・ビーチコマーの1616号室を後にした。
 ロビーに集合し、マイクロバスにスーツケースを入れる。乗客がそろったことを確認すると、ポリネシアンの運転するバスはゆっくりとホテルを出発した。
 ホノルル空港への道中、運転手が、「あれはオバマさんの通っていた学校です」などと説明してきたけど、あまり興味がわかなかった。僕はこの旅のことを振り返っていた。
 さまざまな人たちとの出会いがあった。
 僕は冷たい人間で、基本的に他人のことに興味がない。すでに、この旅で出会った人たちそのほとんどの顔を忘れてしまっているし、彼らにまた会いたいとも特に思わないし、彼らがこれからどこで何をしようともかまわない。
 だけど、どこかで元気にやっていてほしいな、と思う。
 旅における人との出会いには、ギュッとしたものが詰まっている。
 まず、「こんにちは」と出会いを喜ぶ。
 それから、「ありがとう」と触れ合いや助け合いに感謝する。
 そして、悲しいけれど、「さようなら」と別れを告げる。
 旅における人との出会いには、人生が凝縮されているのだ。
 みんな、どうかお元気で。
 僕を乗せたマイクロバスが、ホノルル空港に到着する。

 

 11時25分発、大韓航空002便、成田行き。二人、四人、二人、という配列の、僕は四人席の右端に座った。右側の二人席に、日本人のカップルが座っている。女の子の方が、窓の外を眺めている。
 ここからでも少し見える。窓の向こうには、海があった。どこの海だろう。わからない──いや、ホノルルにいるのだから、ホノルルの海か。
 女の子がスマホをかざし、窓の外の海を写真に収める。彼氏の方は、アイマスクを装着してすでに眠る気満々の様子だ。
 リクライニングを倒すことはまだ許されない。そしてベルト着用を求められる。焦げくさいニオイとともに、エンジンに火が入れられたのがわかった。ブゥゥゥウンという重低音。小さな地震のような揺れ。KE002便が、ゆっくりと動き始めた。
 小窓の向こうに映る景色が動く。小窓の向こうの海。コバルトブルーの海。僕の乗った海ではないけれど、僕の乗った海へと通じる海。ハワイの海。
 楽しかったな。改めてそう思った。帰りたくないなあ。そう思ったと同時、あれ、昨晩はいさぎよく満足したとか思ってなかったっけ? と自問自答する。そうか、酔ってたのかな。そうだ。きっと酔っててぼんやりしてただけだ。だっていま僕はこんなにも、帰りたくない、と思っているのだから──
 ゆっくり進んでいたKE002便がいったん停止した。そしてしばらくして、ドゥっという音とともに、力が加わったのを感じた。──イヤだ。低い爆音とともに急発進するKE002便。──帰りたくない。
 ジェットコースターのようなGが一気に身体に加わる。タカさんの声が脳裏をよぎる。──GO GO GO GO GO GO。
 僕は心の中で激しくかぶりを振った。こんなにも後ろ髪を引かれる、こんなにも寂しいテイクオフは初めてだ。身体がグウンと持ちあげられるのを感じた瞬間、目頭がブワっと熱くなった。
「うわあ、きれー」
 無邪気な女の子の声。
 ダメだ泣いてしま……涙があふれ返りそうになったそのとき、飛行機が右方向へグウウンと急旋回した。「ウゥオオッフフ」
 僕はひとり妙なうなり声をあげ、となりの見ず知らずの人の手を握りそうになるくらい縮みあがった。おいおいおい、大丈夫かよ大韓航空。墜落しないよな?
 あたりを見回すと、みんな平然としている。え、みんな怖くないの?
 ようやく機体が平衡状態を保つと、僕の精神状態も落ち着きを取り戻した。ああ怖かった。それにしても、せっかく感極まってたのに……。まあ、こんな結末が僕らしいっちゃあ、僕らしいけど。
 本当に、夢のような時間だった。本当に楽しかった。もっと、ずっと居たかったけど、でも僕には日本に大切なものがあるから、とりあえず帰ることにする。でもきっとまた来るよ。ありがとうハワイ。それまで、どうか元気で。
 もう旅のメモはいらない。僕はそれをバッグにしまった。
 これから八時間のフライトだ。何を見ようか。映画のプログラム、来たときと同じみたい。バットマンVSスーパーマン、これすっげえつまんなかったんだよな……。
 ふと小窓に目をやると、そこにはもう、ハワイの海は映っていなかった。

 

(おわり)

 

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